Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

「疑問に答えるパーキンソン病」にまつわる話(2016/10/27) 

(株)法研の編集部出版事業課長の横田さんから、大きな封筒が届いた。封を切ると中から筆でしたためた(法研あての住所で)私宛の封書が同封されていた。その中に手紙が入っていたが、和紙に達筆な筆で書かれているので判別しにくい部分もある。大まかには次のような内容のようである。北九州市若松区にお住いのOさんという75歳の女性で、パーキンソン病と広範性脊柱管狭窄症を患っておられる。
 ・・・2,3か月前から図書館通いを行いまして、そこで先生のご本に神が巡りあわせてくださいました。平成17年11月18日に発行の本「疑問に答えるパーキンソン病」をぜひ一冊分けてもらえないでしょうか。こんな良い本を宝にするのはもったいないことで、本当に厚かましいお願いであることはわかっていますが・・・と続く。
 (なお、横田さんの話ではこの本は既に絶版となっており、私も在庫が手元になかったので、大橋さんには代わりに随筆集を送らせてもらった)。
 さて私が法研から「パーキンソン病がわかる本」を最初に出版したのは、平成14年のことである。南九州病院の園田先生、児玉先生、国立相模原病院の長谷川先生との分担執筆で、私が編集した。わかりやすかったのか人気を博し、瞬く間に版を重ね、私が関係した本の中ではもっとも印税をもらった本である。これに味を占めたわけではないが、法研の編集部の勧めで同じような分担で、平成14年に発刊したのが「疑問に答えるパーキンソン病」である。ただこの本は二匹目のどじょうにはならなかったかと思う。また平成22年には、最新版「パーキンソン病がわかる本」を発刊した。本当はこの本も改定しないといけないのだが、時間と気力が残っていない。
 ところで法研からパーキンソン病を発刊するきっかけは、平成12年頃だっただろうか、当時朝日新聞社を退職された大熊由紀子さんが「えにし(縁)の会」というパーティーを企画された。大熊さんとは轟木敏秀(筋ジストロフィー患者)つながり(敏秀が亡くなったときに、朝日新聞に大熊さんが追悼文を書かれた)で親交があり、たまたま東京出張中だったので出席した。確か井形先生も出席されていたかと思う。この時に大熊さんと親交のあった法研編集部の弘由美子さんという女性と名刺交換をした。このことがきっかけになって、パーキンソン病の一般書を作るということになったのであるが、弘さんとは何度か銀座で食事をした懐かしい思い出もある。
 でも世の中、恐ろしいような偶然というものがあるものである。横田さんは弘さんを引き継がれた編集者で、最後にお会いしたのは6,7年前のことで以来やり取りはなく、先日久しぶりに封筒をもらったばかりである。そして私が返事の手紙を書き、今日(26日)、下記のようなメールが送られてきた。
 たいへん奇遇なお話となりますが、弘は弊社を定年退職後、フリーの立場でいろいろと活躍していたのですが、昨今は闘病生活を送っておりました。本日、社に連絡が入り、24日(月)に肺がんにてご逝去されたそうです。享年67歳でした。今日の今日でしたので、福永先生にいきなりお伝えするのもどうかと思っていたところです。多くの先生方のご記憶に刻まれた編集者であったと感じます。ご葬儀は家族葬にて本日執り行われており、後日、東京にてお別れの会を予定しているそうです。
 世の中には、びっくりするような偶然というものがあるものである。
 弘さんに哀悼の意を。