Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

また縄文人が弥生人に(後)(2016/10/26) 

先に都道府県別の人口増減率が発表されているが、このマップからは「酒に強いアセトアルデヒド脱水素酵素活性型遺伝子を持つ種族が、酒に弱い種族の軍門に下る」という図式となっている。
 すなわち、人口の減少率の多い県のベストテンは、秋田、青森、高知、長崎、島根、和歌山、岩手、山形、山口、鹿児島など「古モンゴロイド人」の住む県となり、逆に人口増加率の高い県は、愛知、東京、滋賀、沖縄、神奈川、三重、千葉、埼玉、静岡、福岡と酒に弱いとされる活性型遺伝子の少ない「新モンゴロイド人」の多い県となっている。ただ沖縄県は例外で、女性が一生で生む子どもの数が多く、出産による自然増が顕著であったためだという。
 この増減率を、「古代の縄文人と弥生人」という観点で、酒の強さ加減から類推すると、最初に述べたように、「強い縄文人が弱い弥生人の軍門に下る」図式ということになる。
 ところで日本人のルーツに関しては長い論争が続いたが、最新の遺伝子DNA分析などの力も借りて、ほぼスタンダードな定説が出来上がりつつある。即ち20万年前にアフリカで誕生した現生人類の一部が東へ東へと移住し、(ほぼ1万年以上前から)極東の島国で石器を使いながら狩猟生活を営んでいた(縄文人)。そこに2300年ほど前に、大陸から青銅器と米作の農耕文明を持った人たちが、おそらく朝鮮半島沿いに渡ってきた(弥生人)。
 世界の歴史を振り返れば、先住民族が生活を営んでいた土地に、異民族が入り込んできたときに、闘争や殺戮などを経ずして平和的に融和できたという歴史はない。おそらく日本列島でも、狩猟生活で石器以外のさしたる武器を持たなかった縄文人は、青銅器など優れた武器を持ち文明的にも秀でていた弥生人との戦争では、劣勢は免れなかったであろう。ただ歴史書や人骨などから類推するとき、先住民族の縄文人と渡来民族の弥生人が、他国からの侵略を受けることの少なかった島国という地理的な環境もあってか、比較的平和的に融合していったのではなかろうかと推測されている。
 日本国に住むようになった両民族は互いに混じり合うことはあっても、基本的には辺境に縄文人、中心部に弥生人が多く住んでいたということになる。これは水田など農耕を行うには平地が、狩猟を行うには辺地が適していることを考えると当然である。
 歴史は繰り返すわけでもあるまいが、辺境に追いやられた縄文人の血を引く現代の地方の人が、仕事を求めてトヨタなどで隆盛を誇る東海地方へと移住を余儀なくされるというのも歴史の不思議なアイロニーである。