難病ネットワーク学会 in 名古屋(中)(2016/11/29)
中京競馬場駅を出ると、高徳院(高野山、真言宗)の大きな看板が見えて、10分ほどで立派な山門にたどり着く。この辺りは桶狭間の戦いの古戦場跡となっており、小さな公園として整備されている。境内に入り、そのまま井形家の墓地に向かった。周りの景色が少し変わっていたが、井形家のお墓はすぐに見つけることができた。お石塔の裏側の刻印をみると、2008年に井形先生ご自身が奥様の逝去をきっかけに建立されたことがよくわかる。井形先生の性格そのままの、シンプルで普通の墓である。そして墓石の正面の右側の墓誌には、今回、井形先生の戒名が新たに書き加えられている。ちなみに井形先生の戒名は「慈徳院観賢昭道居士」となっていたが、真言宗の戒名では慈徳院が院号、観賢が道号、昭道が戒名、居士が居号ということになる(先日の川井田多喜さまの通夜の時、最福寺の導師が詳しく説明されていた)。
お花を新しいものに取り替え、葬儀に参列できなかったことを詫びながら、万感の気持ちを込めて参拝してから写真に収めた。
帰りは競馬場前駅から40分ほど名鉄に乗って、名古屋駅に到着、遅い昼食をTさんととった。懐かしい思い出話が次々に出てきて、天国から「私も加えてよ」と、にこやかに微笑んでいるような錯覚を覚える。Tさんの思い出話を聞きながら、先生は昭和一桁生まれの、誠実でフェミニストでどこまでも女性の幸せを願う、素晴らしいお人柄だったのだと、あらためて思うことだった。昨年3月、この同じJRセントラルタワーズの31階の日本料理店で、難病医療講演会の前夜、井形先生からTさんとともに日本料理をご馳走になった。「昨夜はすっかり昔を思い出し忘れ難く、かつ非常に楽しい一夕となりました。これからも用があっても、なくても時々名古屋においで下さい」というメールを頂いたが、これも叶わぬ夢になってしまった。
さて学会は愛知県産業労働センターで開催されたが、学会の内容は省いて、二つのことについて触れてみたい。
この学会では、理事長の九大吉良教授の考えで、「たくさんの職種の参加する学会なので、相互のコミュニケーションを図る意味でも意見交換会は盛大に」との意向もあり、第1回よりいつも賑やかな意見交換会となっている。鹿児島ではサンロイヤルホテルで開催したが、森伊蔵をはじめとするプレミアム焼酎を惜しげなく並べて好評を博した。昨年は仙台で開催されたが、まぐろの解体ショウなどを楽しんだ。
お花を新しいものに取り替え、葬儀に参列できなかったことを詫びながら、万感の気持ちを込めて参拝してから写真に収めた。
帰りは競馬場前駅から40分ほど名鉄に乗って、名古屋駅に到着、遅い昼食をTさんととった。懐かしい思い出話が次々に出てきて、天国から「私も加えてよ」と、にこやかに微笑んでいるような錯覚を覚える。Tさんの思い出話を聞きながら、先生は昭和一桁生まれの、誠実でフェミニストでどこまでも女性の幸せを願う、素晴らしいお人柄だったのだと、あらためて思うことだった。昨年3月、この同じJRセントラルタワーズの31階の日本料理店で、難病医療講演会の前夜、井形先生からTさんとともに日本料理をご馳走になった。「昨夜はすっかり昔を思い出し忘れ難く、かつ非常に楽しい一夕となりました。これからも用があっても、なくても時々名古屋においで下さい」というメールを頂いたが、これも叶わぬ夢になってしまった。
さて学会は愛知県産業労働センターで開催されたが、学会の内容は省いて、二つのことについて触れてみたい。
この学会では、理事長の九大吉良教授の考えで、「たくさんの職種の参加する学会なので、相互のコミュニケーションを図る意味でも意見交換会は盛大に」との意向もあり、第1回よりいつも賑やかな意見交換会となっている。鹿児島ではサンロイヤルホテルで開催したが、森伊蔵をはじめとするプレミアム焼酎を惜しげなく並べて好評を博した。昨年は仙台で開催されたが、まぐろの解体ショウなどを楽しんだ。
