Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

奄美大島の旅(1)(2016/11/08) 

旅(といっても、今回は県からの委託事業による研修会なのだが)に出ると、さまざまな「出会い」や思いがけない「出来事」に遭遇するものである。
 鹿児島県重症難病医療ネットワーク連絡協議会(発足したのが平成12年だから、私がずっと会長を引き受けていることになる)では毎年研修会を実施してきたが、今年度の研修会は奄美大島と鹿児島市で開催することとなり、私は奄美市に出かけることとなった。私にとっては奄美大島本島の訪問は10数年ぶりということになるだろうか。ただ今回の名瀬訪問では、国立療養所奄美和光園で働いている、かつての仲間である吉原総師長や後藤副総師長に会えるという楽しみもあった。
 研修会の講演やシンポジウム、懇親会、患者家族交流会などに参加して驚いたのが、難病患者の在宅医療に直接係わっている職種の情熱と頑張りである。県本土より熱心じゃないだろうかと思いながら、いい意味での時代の変化を感じることができた。結局、行政頼みだけでは、自分たちの健康は守れないということに気づいたのではないだろうか。また特記すべきこととしてALS患者会の里中さんが奄美にも頻回に出かけて、患者や家族の相談にのったり、吸引の研修会など開催してきたことが少しずつ実を結んできているということにもなるのだろう。
 また今回の訪問では、私が30年ほど前に係わったことのあるALS患者さんの娘さんにも会うことができて、望外の喜びとなった。あの頃の在宅医療への情熱を、少しは思い出すきっかけにもなった。唯一困った出来事は、数日前から発作的に咳が出ていたが、名瀬での二日間、講演や座長の時に声が割れて話すのもやっとという状態で、参加者にも相当に聞き苦しかったのではないかと心配している。「私は風邪をひきません」と豪語してきたのに油断大敵である。
 さて11月3日、文化の日、好天の秋空に恵まれた。10日ほど前から里帰りしていた娘や孫の芽生ちゃん、隼生君は、山口に帰る日と重なってしまい、私はいつものように朝早く家を出たので後ろ髪を引かれるような思いだった。
 8時15分鹿児島空港発JAC3723便で奄美空港に向かうことにしていたので、6時半ごろ自分の車で10号線を空港に向かった。波静かな錦江湾、大隅半島の山端の夜明け前のピンク色に染まった空を眺めながら、30年通い続けたいつもの朝の景色を思い出していた。
 空港で南九州病院の地域医療連携室の前田君(県重症難病医療ネットワーク協議会の事務局を担当し、今回の事業の責任者でもある)と落ち合い、34人乗りの小さなプロペラ機に乗り込んだ。気圧も安定しておりほとんど揺れることもなく、予定より少し早く9時半には奄美空港に着くことができた。レンタカーを借りるためにわざわざ一便前に出発していたALS協会鹿児島県支部事務局長の里中さんと落ち合い、そのまま車に乗り込み、和光園へと向かった。途中で、せっかくだからとの配慮で、奄美パーク田中一村記念美術館に立ち寄ってくれた。