Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

メガネ(2017/01/31) 

障がいに対する考え方も、時代とともに変わっていく。
         例えばもし、メガネというものがなかった時代には、私など立派な「障がい者」ということになる。逆に言えば、生きていくうえで困っている部分も、サポートしてくれる機器が開発されたら障がいではなくなる。脊損で対麻痺で歩けなくなった人も、HAL(Hybrid Assistive Limb®)がもう少し改良されたら、障がいとして自覚しないで済む時代がくるのではないだろうか。
         私は最近、メガネをフレームごと取り替えた。ところが、外見が似たような形だったのか、誰一人として気づいてくれた人はいない。健診科のタワラさんには「どこか変わったところはない」と念押ししても、きょとんとしている。
         年末に、眼鏡に傷がついたり、どうも新聞などの小さな文字が見えにくくなったので、天文館にある「明視堂」に向かった。メガネ業界でも全国チェーン店がたくさんできているが、なんとなく安心感があって、ずっと明視堂を利用してきた。この店も、以前は天文館本通りに店を構えていて、老舗の風格があった。ところが数年前に、近くのビルの二階に引っ越している。どの流通業界でも、全国チェーンの大型の安売り店が幅を利かせるようになっており、土着の店はどこも苦戦を強いられているようだ。
         散髪屋と同じで、検鏡する人もずっと同じ人で安心感があったが、数年前に辞めてしまった。ただ新しい人もよく勘所を心得ていて落ち通いおり、丁寧な検査と説明をしてくれた。特に左眼の視力が落ちているようで、眼鏡では完全には矯正できないようである。白内障も心配していたが、この人の判断では大きな問題はないようである。
         思い起こせば、私が近視になったのは城西中学二年生の時ではなかっただろうか。社会科の久保田先生の授業の時に、私は後ろの席だったので「(自分の視力が落ちているとは思わずに)先生、黒板の字をもう少し大きな字で書いてください」と言ってしまったのである。かなり年配の先生だったが、不機嫌そうに「お前の目が悪いのじゃないか」と言われたことを憶えている。自分でもびっくりしたのであるが、眼鏡屋さんに行ったら、やはり近視と言うことになり以来ずっとメガネのお世話になってきた。最初の頃は勝手が悪かったが、慣れてしまえば体の一部のようなもので、うっかりメガネをかけたまま顔を洗ってしまったこともあった。
         若いころは度数が上がって、メガネを変えたら本当によく見えたものだが、歳をとるとそれほどでもなくなってくる。今回も、少しはよくなったが感激するほどではない。やはり眼科を受診して、白内障の有無を調べてもらわなければならないのだろうか。