新しい年(前)(2017/01/10)
今年の正月3が日は、私の人生を振り返ってみても稀にみる温かく穏やかな日だったように思う。息子など半そで姿で、車の中は窓を開けないと暑くて冷房でも入れようかと思うような暑さになった。
年末から年始にかけて息子、娘家族がそれぞれ五月雨式に山口と久留米から鹿児島に帰省してくれて、3人の孫に囲まれて忙しくて、それでも楽しい3日間になった。孫の年齢は少しずつ違うのだが、個性というものなのか、やることが少しずつ異なっている。まずは昨年6月に生まれてすぐ長期入院を強いられた隼生君が元気いっぱいで、何とも言えない愛くるしい笑顔を振る舞ってくれることに安堵した。芽生ちゃんは長く鹿児島にいたこともあって鹿児島弁がすっかり身について、「うんにゃ」とか「じゃっけ」を繰り返しては、私をからかってくれた。タンゴ君は見るからに元気で一時も目を離せないが、帰省した夕方、寝てしまっていたのでそのまま寝かせて、一足先に帰った息子夫婦の待ち受けるホテルまで歩くときには、ちゃんと私と手をしっかりつないできちんとした会話ができていた。
昨年は萩の旅館(萩小町)で正月2,3日と一緒に過ごしたが、今年は鹿児島に集まろうということになった。でもよく言われることだが、正月は爺ちゃん、婆ちゃん、特に婆ちゃんには、食事の準備などで疲れの残る「過酷な数日間」になる。
そこで正月行事の終わる1月15日ごろに、「女正月」という習わしが日本各地で残っているが、鹿児島では男子禁制の「女の酒盛り」と呼ばれる酒宴を開く地方もある。酒のたっぷり注がれた「酒ずし」を食べる習慣で、鹿児島の郷土料理店の熊襲亭でもよく出される逸品である(向田邦子の随筆にも女正月というものがあり、久世光彦の演出でドラマ化されたこともあった)。
さて4日は仕事始めの日であり、文字通り忙しい一日となった。いい天気はまだ続いていて、日中は19度と三月並みの気温である。
朝、郵便受けにはアメリカ留学時のエンゲル先生から、「Greetings of the season」というカードが届いていた。この時期、ミネソタ州ロチェスターは真っ白な銀世界で、温度もマイナス20前後が続く厳寒の季節である。
40年近く前のことになるが、ボスのエンゲル先生(神経学の領域では世界的な研究者であり、臨床家でもあった。もしこの領域にノーベル賞が与えられるとすれば、真っ先に選ばれる人の一人である。生粋のアメリカンではなく東欧からの移民だったこともあり、日本からの留学生には優しかった)は、昨年亡くなられた井形先生と同い年だったので、今年は米寿を迎えたことになるのではないだろうか。
カードには懐かしく、読み難い字体で、「It is nice to know you are still working. I do so, and enjoying it. I often think of the excellent work you did in Rochester. ….」(私がクリスマスカードを送っていたので。でも米寿を迎えてもなお、楽しんで研究されているとは、さすがである)。
エンゲル先生とは直接指導された期間はわずか3年間であったが、私にとってはかけがえのない有意義な時間だったといえる。あの時代から40年近くも経つわけだが、忘れずに元気づけてくださるありがたい師である。
年末から年始にかけて息子、娘家族がそれぞれ五月雨式に山口と久留米から鹿児島に帰省してくれて、3人の孫に囲まれて忙しくて、それでも楽しい3日間になった。孫の年齢は少しずつ違うのだが、個性というものなのか、やることが少しずつ異なっている。まずは昨年6月に生まれてすぐ長期入院を強いられた隼生君が元気いっぱいで、何とも言えない愛くるしい笑顔を振る舞ってくれることに安堵した。芽生ちゃんは長く鹿児島にいたこともあって鹿児島弁がすっかり身について、「うんにゃ」とか「じゃっけ」を繰り返しては、私をからかってくれた。タンゴ君は見るからに元気で一時も目を離せないが、帰省した夕方、寝てしまっていたのでそのまま寝かせて、一足先に帰った息子夫婦の待ち受けるホテルまで歩くときには、ちゃんと私と手をしっかりつないできちんとした会話ができていた。
昨年は萩の旅館(萩小町)で正月2,3日と一緒に過ごしたが、今年は鹿児島に集まろうということになった。でもよく言われることだが、正月は爺ちゃん、婆ちゃん、特に婆ちゃんには、食事の準備などで疲れの残る「過酷な数日間」になる。
そこで正月行事の終わる1月15日ごろに、「女正月」という習わしが日本各地で残っているが、鹿児島では男子禁制の「女の酒盛り」と呼ばれる酒宴を開く地方もある。酒のたっぷり注がれた「酒ずし」を食べる習慣で、鹿児島の郷土料理店の熊襲亭でもよく出される逸品である(向田邦子の随筆にも女正月というものがあり、久世光彦の演出でドラマ化されたこともあった)。
さて4日は仕事始めの日であり、文字通り忙しい一日となった。いい天気はまだ続いていて、日中は19度と三月並みの気温である。
朝、郵便受けにはアメリカ留学時のエンゲル先生から、「Greetings of the season」というカードが届いていた。この時期、ミネソタ州ロチェスターは真っ白な銀世界で、温度もマイナス20前後が続く厳寒の季節である。
40年近く前のことになるが、ボスのエンゲル先生(神経学の領域では世界的な研究者であり、臨床家でもあった。もしこの領域にノーベル賞が与えられるとすれば、真っ先に選ばれる人の一人である。生粋のアメリカンではなく東欧からの移民だったこともあり、日本からの留学生には優しかった)は、昨年亡くなられた井形先生と同い年だったので、今年は米寿を迎えたことになるのではないだろうか。
カードには懐かしく、読み難い字体で、「It is nice to know you are still working. I do so, and enjoying it. I often think of the excellent work you did in Rochester. ….」(私がクリスマスカードを送っていたので。でも米寿を迎えてもなお、楽しんで研究されているとは、さすがである)。
エンゲル先生とは直接指導された期間はわずか3年間であったが、私にとってはかけがえのない有意義な時間だったといえる。あの時代から40年近くも経つわけだが、忘れずに元気づけてくださるありがたい師である。
