安楽死は是か非か(後)(2017/02/27)
それぞれの立場でのアンケートの内容をいくつか紹介する。
Aの意見
・生まれることは選べなくても、死ぬ時には自分らしくと思います(澤地久枝氏)
・これまでの自分の生に対して、もはや自分は納得しています。周囲に迷惑をかけてまで長生きしようとは考えません(倉本聡氏)
・もし認知症になったら、安楽死がいい。周りの人(家族だけでなく)にかかる迷惑は最少で食い止めてもらいたい。
Bの意見
・日本の現状では、安楽死と尊厳死、さらには自殺と自殺ほう助などの線引きがきちんとできるかどうか不安です(あきのあつこ氏)
・延命を望まないことと、自死を選ぶことの差は大きい。許されるのは尊厳死までという気がします(尾崎譲氏)
・認知症になったりしたら、即安楽死というのでは、世代間で引き継がれるいのちの精神性を切断してしまう。現代の合理主義の極致と言うべきだろう(柳田邦夫氏)
Cの意見
・生まれる時も生まれ方も選べないのに、死に時と死に方を選ぶのは人間の傲慢(上野千鶴子氏)
・生き物は全て自然死するようになっている。人間だけが特別ではない(横尾忠則氏)
またALSで闘病中の篠沢秀夫氏は「平成21年4月には人工呼吸器を付ける決心をして、この病気に負けまいとの思いで暮らしてきました。最後まで闘い抜くという覚悟で呼吸器を付けたので、安楽死など病気に負けることになるので絶対に望みません。考えることもありません」
選ばずの意見
・法制化すると人間の生存権にかかわることになりできません(伊東光晴氏)
・このような難問に答えを出すのが人間である、ということに不安を覚える(ちばてつや氏)
また桂歌丸「延命装置をつけるのは絶対やめようと妻と話した」(週刊ポスト2017年2月27日号)という記事も出ている。
落語歴65年、御年80歳。桂歌丸の鼻から伸びたチューブはステージ後方にある酸素吸入器へと繋がれている。声にハリはあるがこの機材を用意しなければ、高座に上がれないこともまた事実だ。
2006年に五代目三遊亭円楽の後を継いで『笑点』の司会に就任したが、その後の歌丸の体調は芳しくなかった。2009年には慢性閉塞性肺疾患で入院。翌2010年には肺炎、その後も帯状疱疹や背部褥瘡(じょくそう)などで、毎年のように入退院を繰り返した。病と向き合う中で、“最期”についても考えるようになったという。
最近は、どうすれば楽に往生できるかを考えてしまいます。だから、妻(冨士子さん)とは「意識がないまま病院に担ぎ込まれたら、呼吸器だとか、そういった延命装置をつけるのは絶対にやめよう」と話し合っているんです。意識がなくて何もわからないんじゃあ、つまらないもん。延命装置をつけても治らない人を何人も見てきましたしね。
・なるべく安らかに死にたいから、医者のいうことを素直に聞くようにしていますよ。けどね、これがなかなか難しいんです。
・一昨年、肺炎になったと思ってかかりつけの病院にいったときに、腸閉塞が見つかったんですよ。そうしたら、長年肺炎を診てくれている医者から「これはウチの専門じゃない」といわれて、病院から病院に救急車で“緊急引っ越し”させられちゃいました。あれはさすがに驚いた(笑い)。
転院先でいわれたのは、アタシは痩せてて胃下垂だから、胃に腸が押されて腸閉塞になってしまったと。だから医者には「太ってください」っていわれたけど、「無理です」って答えました。だって若い頃から太ったことないんだもん。人生で体重が50キロを超えたことなんてないから、80歳を超えた今から急にブクブク太れるわけがない。
それと、医者からは腸閉塞の予防のために「とにかく食べ物は、よく噛んで食べてください」といわれるんですが、それも無理。我々、噺家はご飯を食べるのがみんな早いんですよ。昔はのんびり飯なんか食ってた日にゃ、「いつまで食ってんだ!」って、師匠や先輩にどやされましたからね。その習慣が染みついてるから、早食いの癖が抜けない。
でも、肺炎にならないように、誤嚥には気をつけています。歳をとると、色んなものが気管に入りやすくてしょうがない。特に薬を飲むときに誤嚥を起こして肺炎になったらシャレにならないから、最近はゼリーに包んで飲んでいます(笑い)。
Aの意見
・生まれることは選べなくても、死ぬ時には自分らしくと思います(澤地久枝氏)
・これまでの自分の生に対して、もはや自分は納得しています。周囲に迷惑をかけてまで長生きしようとは考えません(倉本聡氏)
・もし認知症になったら、安楽死がいい。周りの人(家族だけでなく)にかかる迷惑は最少で食い止めてもらいたい。
Bの意見
・日本の現状では、安楽死と尊厳死、さらには自殺と自殺ほう助などの線引きがきちんとできるかどうか不安です(あきのあつこ氏)
・延命を望まないことと、自死を選ぶことの差は大きい。許されるのは尊厳死までという気がします(尾崎譲氏)
・認知症になったりしたら、即安楽死というのでは、世代間で引き継がれるいのちの精神性を切断してしまう。現代の合理主義の極致と言うべきだろう(柳田邦夫氏)
Cの意見
・生まれる時も生まれ方も選べないのに、死に時と死に方を選ぶのは人間の傲慢(上野千鶴子氏)
・生き物は全て自然死するようになっている。人間だけが特別ではない(横尾忠則氏)
またALSで闘病中の篠沢秀夫氏は「平成21年4月には人工呼吸器を付ける決心をして、この病気に負けまいとの思いで暮らしてきました。最後まで闘い抜くという覚悟で呼吸器を付けたので、安楽死など病気に負けることになるので絶対に望みません。考えることもありません」
選ばずの意見
・法制化すると人間の生存権にかかわることになりできません(伊東光晴氏)
・このような難問に答えを出すのが人間である、ということに不安を覚える(ちばてつや氏)
また桂歌丸「延命装置をつけるのは絶対やめようと妻と話した」(週刊ポスト2017年2月27日号)という記事も出ている。
落語歴65年、御年80歳。桂歌丸の鼻から伸びたチューブはステージ後方にある酸素吸入器へと繋がれている。声にハリはあるがこの機材を用意しなければ、高座に上がれないこともまた事実だ。
2006年に五代目三遊亭円楽の後を継いで『笑点』の司会に就任したが、その後の歌丸の体調は芳しくなかった。2009年には慢性閉塞性肺疾患で入院。翌2010年には肺炎、その後も帯状疱疹や背部褥瘡(じょくそう)などで、毎年のように入退院を繰り返した。病と向き合う中で、“最期”についても考えるようになったという。
最近は、どうすれば楽に往生できるかを考えてしまいます。だから、妻(冨士子さん)とは「意識がないまま病院に担ぎ込まれたら、呼吸器だとか、そういった延命装置をつけるのは絶対にやめよう」と話し合っているんです。意識がなくて何もわからないんじゃあ、つまらないもん。延命装置をつけても治らない人を何人も見てきましたしね。
・なるべく安らかに死にたいから、医者のいうことを素直に聞くようにしていますよ。けどね、これがなかなか難しいんです。
・一昨年、肺炎になったと思ってかかりつけの病院にいったときに、腸閉塞が見つかったんですよ。そうしたら、長年肺炎を診てくれている医者から「これはウチの専門じゃない」といわれて、病院から病院に救急車で“緊急引っ越し”させられちゃいました。あれはさすがに驚いた(笑い)。
転院先でいわれたのは、アタシは痩せてて胃下垂だから、胃に腸が押されて腸閉塞になってしまったと。だから医者には「太ってください」っていわれたけど、「無理です」って答えました。だって若い頃から太ったことないんだもん。人生で体重が50キロを超えたことなんてないから、80歳を超えた今から急にブクブク太れるわけがない。
それと、医者からは腸閉塞の予防のために「とにかく食べ物は、よく噛んで食べてください」といわれるんですが、それも無理。我々、噺家はご飯を食べるのがみんな早いんですよ。昔はのんびり飯なんか食ってた日にゃ、「いつまで食ってんだ!」って、師匠や先輩にどやされましたからね。その習慣が染みついてるから、早食いの癖が抜けない。
でも、肺炎にならないように、誤嚥には気をつけています。歳をとると、色んなものが気管に入りやすくてしょうがない。特に薬を飲むときに誤嚥を起こして肺炎になったらシャレにならないから、最近はゼリーに包んで飲んでいます(笑い)。
