緩和ケア研究会から厚生科学審議会に(5)(2017/02/22)
私の講演のタイトルは「神経疾患の終末期医療」で、副題を「生きること、死ぬることの意味」とした。そしてプログラムを、① 死に逝き方を考える:第一人称&第二人称&第三人称、② 「いのち・命」と「しあわせ」を考える。ALS・筋ジス医療から、③ 終末期医療を考える:どちらを選んでも迷うし、悩んでしまう。時代と共に、年齢とともに変わる。あらまほしき逝きかた、逝かせかたとして、①できたら、ある年齢は欲しい、②尊厳ある逝き方、これは尊厳ある生き方が前提となる。人間は生きてきたようにしか死ねない、③医師としては、尊厳ある死なせ方にこだわりたい。
夜は倉敷の古民家を改造したお店、「つね家」で美味しい料理と酒を頂いた。倉敷は江戸時代には天領で、また戦災も免れたということで、古い街並みが残されている。この夜は古風な庭園の眺められる一室で、氏家先生と岡山・倉敷市内の大きな医療機関の神経内科の先生方が集まって、いろいろな医療事情をざっくばらんに聞けて有意義だった。マスコミで喧伝されてきた岡山市「地域医療法人」の構想は現実には進んでいないようである。また救急医療に関しては、患者を断った病院は公表されることになっており、断る病院はほとんどないということだった。
宿泊はJR岡山駅に直結しているホテルグランヴィア岡山だった。翌朝、いつものように早く目が覚めて、松山選手の米男子ゴルフのフェニックス・オープンをテレビ観戦した。プレーオフになりつい時間も忘れて見入ってしまい、新幹線ホームへとあわてて降りて行った。ところが改札をすませてから、マフラーをホテルの部屋に忘れてきたことに気づいた。予約していた新幹線の出発まで7分、引き返すかどうか迷った。結局、曲がりくねった長い通路を荷物を持ったままホテルに引き返してマフラーを受け取り、ホームに着いたのが出発の30秒前だった。
約3時間半で東京駅に到着、昼食を食べて13時30分からの厚労省での厚生科学審議会に出席した。この会はその設置要綱に、厚労大臣の諮問に応じて次に掲げる重要事項を調査審議するとあり、(イ)疾病の予防及び治療に関する研究その他所掌事務に関する科学技術に関する重要事項、(ロ)公衆衛生に関する重要事項となっている。
委員は30人ほどで、関係する各団体から推薦された委員や新聞社やテレビ局などの有識者から構成されている。私は数年前から委員で、最初は国立病院機構からの推薦だったかと思われるが、現在は疾病対策部会長という立場からのようである。聖路加国際大学長の福井先生が会長に選出され、その後、各分科会及び各部会の活動状況が厚労省の担当課長から手短に報告された。少々の質疑応答があり、会議はスムースに進行し、予定より早く終わった。
会議の後、久し振りに浅沼先生(以前、鹿児島県の保健福祉部の次長をされており、現在は結核感染症課長)や森光先生(以前、国立病院機構の医療課長で、人工呼吸器の問題などに一緒に取り組んだことがあった。現在は研究開発振興課長)と少し話をすることができた。お二人とも順調にキャリアを重ねておられて、うれしく思うことだった。
夜は倉敷の古民家を改造したお店、「つね家」で美味しい料理と酒を頂いた。倉敷は江戸時代には天領で、また戦災も免れたということで、古い街並みが残されている。この夜は古風な庭園の眺められる一室で、氏家先生と岡山・倉敷市内の大きな医療機関の神経内科の先生方が集まって、いろいろな医療事情をざっくばらんに聞けて有意義だった。マスコミで喧伝されてきた岡山市「地域医療法人」の構想は現実には進んでいないようである。また救急医療に関しては、患者を断った病院は公表されることになっており、断る病院はほとんどないということだった。
宿泊はJR岡山駅に直結しているホテルグランヴィア岡山だった。翌朝、いつものように早く目が覚めて、松山選手の米男子ゴルフのフェニックス・オープンをテレビ観戦した。プレーオフになりつい時間も忘れて見入ってしまい、新幹線ホームへとあわてて降りて行った。ところが改札をすませてから、マフラーをホテルの部屋に忘れてきたことに気づいた。予約していた新幹線の出発まで7分、引き返すかどうか迷った。結局、曲がりくねった長い通路を荷物を持ったままホテルに引き返してマフラーを受け取り、ホームに着いたのが出発の30秒前だった。
約3時間半で東京駅に到着、昼食を食べて13時30分からの厚労省での厚生科学審議会に出席した。この会はその設置要綱に、厚労大臣の諮問に応じて次に掲げる重要事項を調査審議するとあり、(イ)疾病の予防及び治療に関する研究その他所掌事務に関する科学技術に関する重要事項、(ロ)公衆衛生に関する重要事項となっている。
委員は30人ほどで、関係する各団体から推薦された委員や新聞社やテレビ局などの有識者から構成されている。私は数年前から委員で、最初は国立病院機構からの推薦だったかと思われるが、現在は疾病対策部会長という立場からのようである。聖路加国際大学長の福井先生が会長に選出され、その後、各分科会及び各部会の活動状況が厚労省の担当課長から手短に報告された。少々の質疑応答があり、会議はスムースに進行し、予定より早く終わった。
会議の後、久し振りに浅沼先生(以前、鹿児島県の保健福祉部の次長をされており、現在は結核感染症課長)や森光先生(以前、国立病院機構の医療課長で、人工呼吸器の問題などに一緒に取り組んだことがあった。現在は研究開発振興課長)と少し話をすることができた。お二人とも順調にキャリアを重ねておられて、うれしく思うことだった。
