Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

第47回難病対策委員会から福寿司組に(後)(2017/03/06) 

もう一方の遺伝子に関する問題は、指定難病には希少な遺伝性疾患が多数含まれている。そのため遺伝子の解析拠点(オミックス解析拠点)を設け、臨床・ゲノム情報を共有し、創薬への道筋を加速することである。
         なお、オミックスとは聞きなれない言葉であるが、「細胞内で遺伝子をもとに様々な化学反応や活性が起こりますが、それぞれの分子レベルで区切った一定の集合を総体(オーム、-ome)としたとき、それらを総合してオミックスといいます)と書かれている。
         もう一つが、IRUD(Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases9)である。希少で未診断の患者に対して次世代シークエンサーを含む革新的な検査の活用で、国際連携可能な臨床情報データベースを確立しようとするAMEDの基幹研究プロジェクトである。
         会議は16時頃に終わったので、日比谷公園の中を歩いて、有楽町駅に向かうことにした。北風がやや強いがさほど寒くはない。松本楼の近くの紅梅や白梅は三分咲きというところである。ニューヨークのセントラルパークとは規模が違うが、都心の真ん中にある公園としては広くて、大地震などでは大きな味方になるだろう。  
         有楽町駅近くの椿屋珈琲店で、久しぶりに鈴木さんと待ち合わせていた。彼女は昨年まで全日本病院出版会に務めていたが、一念発起、2ヶ月ほどデンマークで研修した後に新しい組織(医療法人社団悠翔会~機能強化型在宅療養支援診療所)にトラバーユしている。転職が上手くいくかどうかちょっと心配していたが、楽しく溶け込みそうである。出版界で学んだ知恵を在宅医療の分野で生かす努力をしてほしい。
         18時前に椿屋を出て、有楽町の鹿児島県のアンテナショップである有楽館をのぞいた後、輝咲に向かった。店内にはまだ誰も着いていなかったが、18時30分にかけて、河原先生、貴志さん、山田さん、そして大澤夫妻も到着して、今夜のメンバーが全て揃った。懐かしい浅草の福寿司のメンバーである。実はさきほど紹介した五十嵐先生も福寿司のメンバーのお一人で、「今から大澤ご夫妻にお会いします」と話すと、「懐かしいなあ、よろしくお伝え下さい」ということだった。
         いつものように美味しい料理に舌鼓を打ちながら、36年間、年越しを福寿司でされた王選手のこと(色紙が残されているので、何でも鑑定団に出されたら?!)や懐かしいメンバーを肴にしながら回顧談などで盛り上がった。私にとっても福寿司は格別で、東京出張での楽しい社交場だった。
         この夜出席された山田さんは貴志さんの中高校の同級生で弁護士をされている。息子さんが今回一発で司法試験に合格されたそうで、これも慶事である。
         この夜も何枚か写真を撮ってもらい、貴志さんがメールで送ってくれた。いつも思うのは、写真の福寿司組の面々の顔が穏やかで楽しそうな表情に写っていることである。職業も年齢もそれぞれ異なっているが、福寿司である時代を一緒に過ごしたというおぼろげな信頼感のなせる技だろうと思うことである。
         21時前に、またの再会を約束してお開きとなった。大澤さんからは自ら巻いたかっぱ巻きなどのお土産まで頂いた。
         私は明日の羽田発一便(6時50分)で帰鹿予定だったので、羽田東急ホテルに宿をとっていた。