Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

健診模様(7)(2017/04/19) 

健診を担当するうちに、名前や生年月日が気になるようになった。個人情報の関係もあるので慎重な取り扱いが必要であることは心得ているが、変わった名前に出会うとその由来を聞きたくなる。
       先日は「美幸」という名前の男性がおられたので、「よく間違えられるでしょう」と振ってみた。笑いながら「名前のお蔭で小さいころからいじめられましたよ」という。「親は一生懸命考えた上での名前ですから」と一応フォローしてみたが、名前ごときでいじめを受けるとは考えもしなかったに違いない。
       40歳代の女性の名前、○○君益と書いて「なおみ」と読ませている。「まだ一度も正確に読まれたことはありません」と言われる。「祖父が字画から3つの名前を提案して・・・でもその爺さん104歳まで生きていました」という。「きっと、あなたにも益が授かりますよ」と笑いながら話すことだった。最近の子どもの名前は「キラキラネーム」と呼ばれる、私の世代からすれば「ええっ」と思うような名前も多い。ただ学校の先生が普通に読めるような名前にして欲しいものである。
       またこの50歳代の男性の名前は○○哲千代である。「ちょっと変わった名前ですね」と振ってみると、「亡くなったお爺ちゃんが映画ファンで、『千代』にこだわったらしいです。兄も同じように『〇千代』なのです。もっとも母の名前は千代子なのですが」と言われる。
       このお祖父さんはきっと、私より少し上の世代ではなかっただろうかと推察する。というのは、この「千代」はきっと東千代之介から頂いたものではないだろうか。私より上の世代の人ならだれでも知っているスターで、戦後の東映映画時代劇の黄金期を支えた一人である。端整な容貌と日本舞踊で鍛えたしなやかな身のこなしで人気を博していた。「雪之丞変化」の3部作などは有名である。
       私がこの時代の映画をみていたのは、頴娃町の田舎にいた小学校の頃である。当時、「ナトコ」という映画が巡回でやってきたことをおぼろげに覚えている。この「ナトコ」という言葉を知っている世代も、私より上の世代の人である。村の広場でむしろに座ったり、時には公民館で見たような記憶がある。
       先日、難病相談支援センターの飲み会で、「ナトコ」という言葉を知っているかどうか聞いてみたが、誰も知っていない。この時の出席者は最高でも60歳近くなので、私と10歳近くの年齢差がある。時代と共に「死語」となっていく言葉も多いということである。
       ところでこの「ナトコ」の意味は何を意味していたのか、ずっと気になっていたのでネットで調べてみた。
       「ナトコ」とはNational Company製の16ミリ映写機ことで、民間情報教育局による教育映画の浸透の為にレンタルされた「映写機」を言うそうである。あくまで推測になるが、当時の人が貸し出された映写機に刻印された"National Company"というアルファベットを見て、「ナショナル」の「ナ」、「ショ」にあたる"tio"を「チョ」と言いにくいので「ト」、「カンパニー」の"Co"を「コ」と略して読んで、「ナ」「ト」「コ」と呼んだのではないだろうかということである。
       分らないことはすぐネットで検索できる便利な時代になったものである。