Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

遅れていたサクラの開花(前)(2017/04/07) 

部屋の壁に吊るしてある4月のカレンダー(近畿日本ツーリスト)をめくると、「吉野山の桜」の写真である。大きな山全体が紅白色に染まっているかのごとくに眺められる。
         数年前に県黎明館で岡野弘彦氏の講演を聴いたことがあった。
         ・・・戦争から10年ほど経って、心に少し余裕が生まれたころ、評論家の山元健吉氏から突然電話がかかってきた。「今、吉野の旅館『桜花壇』にいるんだけど。あんたは桜が美しいとは思わないと言っているそうだが、今夜すぐ、桜を観に来なさい」と言われた。大御所の先生の言葉を無視するわけにもいかず、列車に飛び乗って吉野まで出かかた。吉野でも桜見物用に建てられた旅館はいくつもあるが、この桜花壇からの眺望が最高だそうである。「今夜は私がここに泊まるから、明日はあんたに譲るよ」と言われて泊まることになった。「桜花壇から眺める桜は最高なんです。花びらがハラハラと落ちて行って、渓谷を吹き上げる風でその花びらが空に舞って、再び落ちていく、たとえようのない景色です」・・・
 さて今年もいつものようにサクラの季節になったが、鹿児島の開花宣言は遅れに遅れて、4月5日と観測史上、一番遅い開花日となったそうである。東京が3月22日だったからちょうど2週間の遅れとなる。私の小学校の写真を見ると、入学式で満開の桜の下で母親と写真を撮っているが、最近は開花が早くなり、入学式の頃は桜は散っていた。ところが今年の満開日の予想は12日というから、桜の下で記念写真が撮れそうである。
         それにしてもソメイヨシノは不思議な花である。日本の歴史とともに歩んでおり、万葉集以来多くの歌人に詠まれ、源氏物語や徒然草などにもよく出てくる。満開のときには葉は一枚もなく、小さな枝の隅々まで薄いピンクの花で埋め尽くされる。ところがこの花の盛りは数日で、一陣の風にひらひらと音も立てずに舞い落ちる。潔さとはかなさの極致であり、日本人は古来より人の世の無情と重ね合わせたりする。
         私は若い頃はこの華やいだ春という季節にいい思い出は少なかったので、どちらかというとサクラを疎ましく思ったものである。最近は歳をとったのか、素直に美しいと感じている。「きれいなサクラだなあ」と思ったのは、加治木では高岡公園や網掛け川河畔、小林市の出の山公園、また東京の機構本部の前の桜、鹿児島では東郷墓地ら南洲墓地、平川公園の桜もきれいである。南洲墓地なら歩いて数分で行けるので、昼休みにでものぞいてみようかな。