Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

壱岐旅行(5)(2017/05/16) 

このホテルは福岡ヤフオクドームの近くにあり、1992年より中・長期滞在型施設として営業を開始して、2001年より新しいコンドミニアム・スタイルのホテルとして営業しているのだという。部屋は広くて機能的で、料理のできるキッチンも備えつけてある。
         ホテルに着くと息子の家族は既にチェックインしていた。息子は7日からシカゴの消化器病学会に出席するということで、壱岐には同行しなかったのである。孫の湛梧君とは久しぶりの再会だったが、「爺ちゃん」と言いながら飛びかかってきた。子供は日に日に大きくなるようで、落ち着きも出てきて頼もしい。また嫁の美往さんも、8月に二人目の子どもの出産予定で、元気で何よりである。
         夕食はホテルの近くの居酒屋で、「好き放題」に食べて飲んだ。娘も授乳が終わり、好きなビールが飲めるようである。芽生ちゃんと湛梧君は二人で楽しそうに遊んでいる。隼生君は相変わらず口を大きく開けている。
         翌朝はそれぞれ別行動となり、息子の家族は久留米に帰ることに、私は一人で下関に、家内と娘たちは天神で遊ぶのだという。
         地下鉄の西新駅まで歩いたが、この道沿いには西南学院大学や修猷館高校がある。二つの学校とも耳にはよくしてきたが、身近に見るのは初めてである。
         博多駅からは大分行きの特急ソニックに乗った。新幹線が時間的には早いのだが、ハロー自由時間パス(3日間JR九州管内乗り放題)の切符を買っていたので、下関駅まで(JR九州の管内であることを初めて知った)小倉乗り換えで行く予定を立てた。
         ソニックの自由席は空いており、しばらくして若い大学生風の小柄な青年が会釈して私の隣の座席に座った。私はしばらくパソコンに向かっていたが、隣の青年は九州の地図を広げたりしている。折尾を過ぎたころに、おもむろに「旅行ですか」と話しかけてみた。昔の汽車の旅行では時間が長いこともあって、よく隣の客と世間話などすることもあったが、新幹線の中で話しかけることなどなくなった。
         すると片言の日本語で「別府に行くところです」と答えた。聞いてみると、蘇州生まれの中国人で、上海交通大学(江沢民の出身校として有名、日本で言えば、東工大みたいな大学か)の25歳の学生で、情報工学を専攻、九州大学に一年間の予定で留学しているという。日本のアニメが好きで、日本に興味を持ち、日本語を勉強したようである。私が以前上海と蘇州を観光したことを話すと、「どうして日本人は蘇州をよく知っているのですか」と訊ねたので、「蘇州夜曲という歌のせいじゃないのかな」と答えた。もう二度と会うことはないかも知れないが、お互いのメルアドを交換して、彼はそのまま別府に、私は小倉駅で降りることになった。
         現在、日中関係は国レベルではギクシャクしているが、民間レベルでは友好的である。平成22年にこのゴールデンウィークを利用して、阪急交通社の「上海と蘇州・無錫(むしゃく)めぐり4日間」の旅行に行ったが、旅行中不愉快に感じたことは一度もなかったし、特に添乗員の27歳の女性はこよなく魅力的で、本業の旅行案内は勿論のこと、中国の歴史、風物、習慣などに習熟し、言葉を選びながらもウイットに富んだ表現で、体制をやんわりと批判することも忘れなかった。またどこで仕入れた情報なのか、日本の現状やものの考え方にも明るく、こちらが教えてもらう部分も多かったことが印象に残っている。