みゆき(2)(2017/06/02)
44歳で亡くなった宮田君(筋ジストロフィー)は独創的な絵画を描きながら、鋭利な時代感覚も持ち合わせいた。1999年の受精卵による保因者の遺伝子診断の臨床応用に対しては、「診断を受けることは自分自身の存在を否定することにもなる」と苦悩する心を隠さなかった。また自立と自律についても奥深い持論を展開し、「僕は呼吸器を使用するような重度の筋ジス患者は『自律』を目標にすべきだと思います。『自立』するためには社会に出なければ達成できませんが、『自律』は社会に出て生活しようがしまいが本人の自覚次第で可能となるのです」と記している。
また46歳で亡くなった日高君(筋ジストロフィー)の歌集「花のちから」の前書きに、短歌を指導された加治木養護学校の川涯先生が「彼は謙虚な人です。出会う人々に感謝し、献身的な看護師さんの仕事に感激し、その美しい生き方に恋をしています。・・・筋ジストロフィーという過酷な運命にさえ感謝し、遠からず来るに決まっている死さえ受け入れてしずかな心で日々を過ごしています。みごとな達観です」と歌人らしい表現で寄稿されている。この「達観」という二文字は、筋ジス患者の生き方をよく表した言葉だと思う。
もう30数年ほど前のこと、一人の色黒の目のくりっとした小学生が奄美大島の小学校から転校してきた。宮原君(筋ジストロフィー)であるが、最近亡くなったという報せを受けた。入院してしばらく経った頃、保育士さんにかねて疑問に思っていたことをぶつけてきたという。「どうして僕は薬を飲まなくていいの? 僕は生まれてからずっと病気だよ。 手や足の病気でほかはどこも悪くないから地域の学校に帰りたい。この病棟で歩けるようになって退院した人はいるの? 病気が治らないなら家に帰りたい」と。
私にとっての筋ジス病棟での30年間は、宮原君の素朴な疑問にどのように答えたらいいかということだったような気がする。やはり筋ジス病棟に入院していた岩崎さん(脊髄性筋萎縮症)の作った短歌が、一つの答えのように思えてくる。
「治るよね」問いくる子等の澄める眼に うんと言う嘘神許されよ
人はかねての、それも小さい頃からの環境と学習、そして日ごろの「心の鍛錬」で強くなるものである。私が関わりを持った筋ジス患者の多くは、小さい頃から病気とうまく「折り合い」をつけて、ちょっとやそっとでは惑わされない強い心を育んでいた。
身体の機能は衰えても、気持ちの安定した幸福感の高い患者が多かった。無理をしない、何事も自然に任せる「無為自然」の人生観を持ち、できなくなるのを嘆くのではなく、できなくなるのは自然なこととして受け止めて、できることを楽しむことで喪失の中で自分らしさを失わずに生きていく生き方は、権藤恭之さんの提唱する「老年的超越」に相通ずるものがあるように思える。
また46歳で亡くなった日高君(筋ジストロフィー)の歌集「花のちから」の前書きに、短歌を指導された加治木養護学校の川涯先生が「彼は謙虚な人です。出会う人々に感謝し、献身的な看護師さんの仕事に感激し、その美しい生き方に恋をしています。・・・筋ジストロフィーという過酷な運命にさえ感謝し、遠からず来るに決まっている死さえ受け入れてしずかな心で日々を過ごしています。みごとな達観です」と歌人らしい表現で寄稿されている。この「達観」という二文字は、筋ジス患者の生き方をよく表した言葉だと思う。
もう30数年ほど前のこと、一人の色黒の目のくりっとした小学生が奄美大島の小学校から転校してきた。宮原君(筋ジストロフィー)であるが、最近亡くなったという報せを受けた。入院してしばらく経った頃、保育士さんにかねて疑問に思っていたことをぶつけてきたという。「どうして僕は薬を飲まなくていいの? 僕は生まれてからずっと病気だよ。 手や足の病気でほかはどこも悪くないから地域の学校に帰りたい。この病棟で歩けるようになって退院した人はいるの? 病気が治らないなら家に帰りたい」と。
私にとっての筋ジス病棟での30年間は、宮原君の素朴な疑問にどのように答えたらいいかということだったような気がする。やはり筋ジス病棟に入院していた岩崎さん(脊髄性筋萎縮症)の作った短歌が、一つの答えのように思えてくる。
「治るよね」問いくる子等の澄める眼に うんと言う嘘神許されよ
人はかねての、それも小さい頃からの環境と学習、そして日ごろの「心の鍛錬」で強くなるものである。私が関わりを持った筋ジス患者の多くは、小さい頃から病気とうまく「折り合い」をつけて、ちょっとやそっとでは惑わされない強い心を育んでいた。
身体の機能は衰えても、気持ちの安定した幸福感の高い患者が多かった。無理をしない、何事も自然に任せる「無為自然」の人生観を持ち、できなくなるのを嘆くのではなく、できなくなるのは自然なこととして受け止めて、できることを楽しむことで喪失の中で自分らしさを失わずに生きていく生き方は、権藤恭之さんの提唱する「老年的超越」に相通ずるものがあるように思える。
