石弘光さんの「がん」との向き合い方(後)(2017/07/14)
対談では前半では私の膵臓がんについて話題になったが、後半では高齢者が増加する中で日本の現行の医療体制がこのままでは崩壊するという懸念が2人の間で共有された。
日本は国民皆保険の下、高額療養費制度がある。このおかげで、どんな高額ながん治療薬を使って医療費が高くなっても、ごくわずかな自己負担で済んでいる。残りの費用は税金と保険料で賄われているだけに、医療の大口需要者である高齢者が増え続ける中、その負担増に国民の側がいつまで耐えられるかが問題となってきた。
私自身、この恩恵に浴しているだけに医療体制をどうしたら維持できるのか他人事でなく心配になっている。
医療保険からの支払いは増大する一方、成長鈍化から雇用所得は増えないため保険料を引き上げて財源を賄っているが、もはや限界だろう。国の巨額の財政赤字は累積して増加し続けている。これ以上の税金の投入は困難だ。将来医療に対する給付は削減されるかもしれないという恐れもある。
現役医師からも「高齢者のがん治療に制約を加えるべきだ」と提案されている現在、ある程度経済的に余裕のある高齢者の負担増を早急に実施すべきだろう。高額療養費制度の負担上限を大幅に引き上げることなども必要である。同時に2度も税率引き上げが延期されたが、将来、消費税の増税も含め国民の負担増は不可避だと自覚すべきだろう。(終)
さて石先生、2009年に前立せんがんを経験され、入院中の克明な記録を基に『癌を追って ある貴重な闘病体験』(中公新書クラレ)という本を出版されている。
東京教育大学(現・筑波大学)の教授だった父親が進行した前立腺がんで、凄まじい闘病生活のすえ、発病から5年後、体中の痛みを訴えながらやせ細って亡くなった。
「家系内に前立せんがんの人がいると、同じように前立せんがんになる確率が高いと聞いていたので、「PSA値は1~3以内と、危険値である4よりは低めだったが、それを楽観するだけでなく、エコーやMRIなどによる検査も積極的に受けていた。2度目の生検の結果を見た福井医師から残念ながらがんでしたと病名を告げられた。しかし、ショックは受けなかった。告知という感じはしませんでした。いつもの年のように検査の結果を聞いたにすぎません。私はある意味で〝がんを追っかけ回してきた〟ようなものです。発見したときは、やれやれと思いました。怖いとは思っていませんでした」という。 石さんが希望したのは、「開腹による前立腺の全摘出手術だった。放射線治療やホルモン療法、部分的な切除もあり得たが、周囲の神経も含めて関係部位はすべて取ってもらうことにした。一方で排尿に関係する尿道括約筋温存に対する配慮をお願いした。このとき72歳。男性機能は失っても、尿失禁が続くことは避けたかった」という。
でもこれほど冷静に自分の病気を語れるとはすごい人である。
日本は国民皆保険の下、高額療養費制度がある。このおかげで、どんな高額ながん治療薬を使って医療費が高くなっても、ごくわずかな自己負担で済んでいる。残りの費用は税金と保険料で賄われているだけに、医療の大口需要者である高齢者が増え続ける中、その負担増に国民の側がいつまで耐えられるかが問題となってきた。
私自身、この恩恵に浴しているだけに医療体制をどうしたら維持できるのか他人事でなく心配になっている。
医療保険からの支払いは増大する一方、成長鈍化から雇用所得は増えないため保険料を引き上げて財源を賄っているが、もはや限界だろう。国の巨額の財政赤字は累積して増加し続けている。これ以上の税金の投入は困難だ。将来医療に対する給付は削減されるかもしれないという恐れもある。
現役医師からも「高齢者のがん治療に制約を加えるべきだ」と提案されている現在、ある程度経済的に余裕のある高齢者の負担増を早急に実施すべきだろう。高額療養費制度の負担上限を大幅に引き上げることなども必要である。同時に2度も税率引き上げが延期されたが、将来、消費税の増税も含め国民の負担増は不可避だと自覚すべきだろう。(終)
さて石先生、2009年に前立せんがんを経験され、入院中の克明な記録を基に『癌を追って ある貴重な闘病体験』(中公新書クラレ)という本を出版されている。
東京教育大学(現・筑波大学)の教授だった父親が進行した前立腺がんで、凄まじい闘病生活のすえ、発病から5年後、体中の痛みを訴えながらやせ細って亡くなった。
「家系内に前立せんがんの人がいると、同じように前立せんがんになる確率が高いと聞いていたので、「PSA値は1~3以内と、危険値である4よりは低めだったが、それを楽観するだけでなく、エコーやMRIなどによる検査も積極的に受けていた。2度目の生検の結果を見た福井医師から残念ながらがんでしたと病名を告げられた。しかし、ショックは受けなかった。告知という感じはしませんでした。いつもの年のように検査の結果を聞いたにすぎません。私はある意味で〝がんを追っかけ回してきた〟ようなものです。発見したときは、やれやれと思いました。怖いとは思っていませんでした」という。 石さんが希望したのは、「開腹による前立腺の全摘出手術だった。放射線治療やホルモン療法、部分的な切除もあり得たが、周囲の神経も含めて関係部位はすべて取ってもらうことにした。一方で排尿に関係する尿道括約筋温存に対する配慮をお願いした。このとき72歳。男性機能は失っても、尿失禁が続くことは避けたかった」という。
でもこれほど冷静に自分の病気を語れるとはすごい人である。
