Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

聖マリア学園吉野幼稚園「父の日お祝い会」での講演(3)(2017/07/05) 

川涯先生は77歳ということだが、顔の色つやも良く心身ともに実に若い。昨年、市民文化ホールで短歌についての講演をお聞きしたことがあったが、その記憶力に驚いたことを憶えている。その話をすると「私などたいしたことはないですよ。今も毎月上京して、岡野弘彦先生の主宰される歌の会に出席していますが、岡野先生はもう93歳だというのに、万葉集をはじめとして古今東西の歌が泉から水が湧き出るように出てきます。それはそれは、驚きます。きっと若い時代に6年間も折口信夫と共に生活をともにして口述筆記されていますので、頭の中にきちんと整理されているのでしょうね」と言われる。実は私も3年ほど前に黎明館での講演会に出席して、岡野さんの記憶力と博識ぶりに驚愕したことを憶えている。雑談の最後に、「今年の10月21日にザビエル教会で、美由紀さんを偲んでの座談会を開催しようと思いますので、時間を空けていてください」という宿題まで与えられてしまった。
さて講話は10時40分に始まった。2階の会議室に案内されると、お父さんに交じってお母さん姿も見られるがお父さんが圧倒的に多い。年齢的には団塊ジュニア世代が主なようで、ちょうど私の子どもたちの世代である。事前に資料を送付していたが、やはりスライドを使って顔を見ながら話された方がいいのではとの川涯先生先生の配慮で、急遽プロジェクターも用意してくれていた。
講話ではまず、南風病院のPR(消化器がんと整形外科をメインにした急性期病院で、5大がんのDPCデータでは、取扱件数も手術件数でも鹿児島県第一位であること)も忘れずに披露した。吉野地区は南風病院にとってはホームグランドのようなものだが、がんの取扱件数が県下第一位(15年のDPCデータ)と聞いて、びっくりしたようだった。
次に「私の生きてきた道」という話になり、私の生き方に大きな影響を与えたものを箇条書きにした。時間の関係で、この部分についてはここでは詳細を省くことにする。ただ当時、城西中に3600人が学んでいたことを聞いた時にはびっくりしたようだった。父兄の中に、一人だけ現役の城西中の先生がおられた。
1)田舎で小学4年生まで過ごせた
2) 幼稚園には出ていないが、小学1年を2回経験
3) 教職の家に生まれた。母は環境を整えてくれた
4) 次男だった(4人兄弟の3番目)
5)市立城西中から県立鶴丸高校を卒業
6)大学時代の社会医学研究会に所属
7)第三内科(神経内科)入局
8)都立府中病院への国内留学
10)アメリカへの留学
11)恩師に恵まれた(二人の恩師)
12)ワープロ&パソコンの環境
振り返ってみますと、健康でいい運にも恵まれたような気がします。小学校4年生まで自然豊かな田舎で生活できたこと、次男だったのであまり注目もされずに小・中・高校時代を過ごせたこと、兄の生き方を参考にできたこと、大学卒業後は「置かれた場所で咲きなさい」ではないが、異動した病院でいい上司(恩師)に恵まれたことが幸いしました。