アドバンスコースとお墓参り(中)(2017/08/30)
宿泊は東横イン桜通り新館であるが、駅前の大きなネオンを目印に数分で到着できた。そのままベッドに。
翌朝はいつものように早く目覚めたので、シャワーを浴びて、松山のゴルフの成績をチェックする。一年間コンスタントに体調を維持することは難しいのか、今週は予選落ちとなった。7時から無料のサービス朝食を食べて、9時過ぎに会場へと向かった。いい場所に宿を取ったので、歩いて数分の距離である。
このアドバンスコース研修会は「医療事故調査制度での、医療事故報告者の書き方」を実務的に研修するもので、名古屋大学教授の長尾先生がメインで、弁護士の北野先生がサポートしてくれている。今年がこのテーマでの2年目であるが、私が控室に着いた9時20分ごろから、二人で熱心に今日のスケジュールの打ち合わせをされている。「いつものことなのに」と思いながら、さすがだと感心した。
9時55分から、5分間、挨拶をした。北海道から沖縄まで、病院で働くさまざまな職種、54人が参加していた。
「このアドバンスコースは、日本病院会のレギュラーコースを終えて、それぞれの病院で医療安全管理者など何らかの形で医療安全に関わって方たちを対象としたものです。私は20年ほど院長をしていますが、医療の安全こそがもっとも重要で、そして気になる部分です。今回は、医療事故調査制度の根幹となる事故報告書の作成法を学ぶことを中心にして、グループワークで取り組むことにしております。座学と違ってグループワークでは、いかに積極的に関わっていくかが重要になります。頑張って参加するだけ、実りも多くなります。一日かけての学習や演習で大変ですが、一人ひとりにとって実り多い研修会になることを期待しております」というような内容だった。
ところでこのアドバンスコースも5年目を迎えている。最初の3年間はインシデントレポートのトリアージの方法をとり上げ、昨年から事故調査報告書の作成手法を主なテーマにしている。
いつものように午前のスケジュールを終えて昼食の後、私は井形先生が眠っておられる高徳院を詣でることにした。
名鉄名古屋駅で豊明行きの準急に飛び乗って中京競馬場駅で降りた。いつもの通り桶狭間の古戦場跡を通って、約5分余りで、高徳院の山門に着く。それにしても日差しが強い。井形家のお墓はもう何度も参拝しているので、すぐにわかった。井形先生自ら「平成12年建立とある」ので、奥様が亡くなられてすぐに建立したものと思われる。奥様の在りし日のことも思い出されて、いろいろな感慨が頭の中を去来する。万感の思いを込めて、静かに手を合わせた。やはり、寂しいことに変わりはない。
住職の姿は見かけなかったので、井形先生を記念して植えられたしだれ桜(井形桜)の近くの社務所の方に、かるかんのお土産と「井形評伝」をお渡して高徳院を後にした(後日、住職の湯川博英さんからお葉書を頂いたが、井形先生を評して『名誉心とか成功者気分から離れた所に、臭みのない人が生まれるのでしょうね』と書かれていた)。
帰りは途中の駅で急行に乗り換え、比較的早く会場に戻ることができた。
16時半ごろに会場を後にして、空港に向かった。ちょっと早めの夕食を摂って、赤福などのお土産も買って搭乗手続きを済ませた。いつものことながら飛行機は20分遅れで出発し、鹿児島空港には20時過ぎに着いた。
翌朝はいつものように早く目覚めたので、シャワーを浴びて、松山のゴルフの成績をチェックする。一年間コンスタントに体調を維持することは難しいのか、今週は予選落ちとなった。7時から無料のサービス朝食を食べて、9時過ぎに会場へと向かった。いい場所に宿を取ったので、歩いて数分の距離である。
このアドバンスコース研修会は「医療事故調査制度での、医療事故報告者の書き方」を実務的に研修するもので、名古屋大学教授の長尾先生がメインで、弁護士の北野先生がサポートしてくれている。今年がこのテーマでの2年目であるが、私が控室に着いた9時20分ごろから、二人で熱心に今日のスケジュールの打ち合わせをされている。「いつものことなのに」と思いながら、さすがだと感心した。
9時55分から、5分間、挨拶をした。北海道から沖縄まで、病院で働くさまざまな職種、54人が参加していた。
「このアドバンスコースは、日本病院会のレギュラーコースを終えて、それぞれの病院で医療安全管理者など何らかの形で医療安全に関わって方たちを対象としたものです。私は20年ほど院長をしていますが、医療の安全こそがもっとも重要で、そして気になる部分です。今回は、医療事故調査制度の根幹となる事故報告書の作成法を学ぶことを中心にして、グループワークで取り組むことにしております。座学と違ってグループワークでは、いかに積極的に関わっていくかが重要になります。頑張って参加するだけ、実りも多くなります。一日かけての学習や演習で大変ですが、一人ひとりにとって実り多い研修会になることを期待しております」というような内容だった。
ところでこのアドバンスコースも5年目を迎えている。最初の3年間はインシデントレポートのトリアージの方法をとり上げ、昨年から事故調査報告書の作成手法を主なテーマにしている。
いつものように午前のスケジュールを終えて昼食の後、私は井形先生が眠っておられる高徳院を詣でることにした。
名鉄名古屋駅で豊明行きの準急に飛び乗って中京競馬場駅で降りた。いつもの通り桶狭間の古戦場跡を通って、約5分余りで、高徳院の山門に着く。それにしても日差しが強い。井形家のお墓はもう何度も参拝しているので、すぐにわかった。井形先生自ら「平成12年建立とある」ので、奥様が亡くなられてすぐに建立したものと思われる。奥様の在りし日のことも思い出されて、いろいろな感慨が頭の中を去来する。万感の思いを込めて、静かに手を合わせた。やはり、寂しいことに変わりはない。
住職の姿は見かけなかったので、井形先生を記念して植えられたしだれ桜(井形桜)の近くの社務所の方に、かるかんのお土産と「井形評伝」をお渡して高徳院を後にした(後日、住職の湯川博英さんからお葉書を頂いたが、井形先生を評して『名誉心とか成功者気分から離れた所に、臭みのない人が生まれるのでしょうね』と書かれていた)。
帰りは途中の駅で急行に乗り換え、比較的早く会場に戻ることができた。
16時半ごろに会場を後にして、空港に向かった。ちょっと早めの夕食を摂って、赤福などのお土産も買って搭乗手続きを済ませた。いつものことながら飛行機は20分遅れで出発し、鹿児島空港には20時過ぎに着いた。
