アドバンスコースとお墓参り(前)(2017/08/29)
日本病院会主催の医療安全に関するアドバンスコース(今年度東京に続き、2回目)を、8月26日(土曜日)、名古屋市の愛知県産業労働センターで開催することになった。このコースでは最初の挨拶を副会長の末永先生にお願いしてきたが、今回は定例理事会と重なってしまい挨拶ができなくなったので、私が代わりに行うことになった。ところが朝10時からの開催なので、前泊しないと間に合わない。そこで25日の夕方の便で、名古屋へと向かった。どうせならこの機会を利用して、昨年の8月に亡くなられた恩師の井形先生のお墓参りもしたいと考えた。
世の中のこと、先のことはわからない。事は順調に進んでいても土壇場で思いがけない事態に遭遇することは多々あることである。冷静に振り返れば、「単なる駐車してあった車のバッテリー切れ」に過ぎなかった訳だが。
夏休み最後の週末のためか、予想に反して鹿児島空港は混んでいた。16時50分発の飛行機に搭乗するために、16時前には鹿児島空港に着いたのだが、空港駐車場は満車となっていた。しばらく待って、やっと入場ゲートを通過できて駐車スペースを確保できた。ただ時間に余裕があったので、さほどあわてずに済んだ。繁忙時には空港駐車場が満車で困ったという話はよく聞いていたが、私には初めての経験だった。
また今夜は、井形先生とも共通の知人であるTさんと、19時過ぎに夕食しながら思い出でも語ろうと約束もしていた。定刻の18時15分に中部国際空港に到着したら、36分空港発のミュースカイに乗ることができる。機内では定時に着陸できるか気をもんでいたが、幸いなことに2分遅れで到着した。ところがプロペラ機だったので「バスで到着口まで案内します」というアナウンスである。「36分にはちょっと難しいかな」と諦めていたら、座席が5番と前だったことが幸いして、早い方のバスに乗ることができた。到着口から、息を切らしながら脱兎の如く走って、36分に間に合うことができた。これもかねての1万歩歩行のお陰である。
予定通り、19時5分に名鉄名古屋駅に到着、Tさんと金の時計下で合流して、JRゲートタワー12階のレストラン街にある「盛田厨」を案内してくれた。パンフレットには「東海三県の良質な旬の食材を、蔵元『盛田』をはじめとする伝統蔵の蔵出し調味料で引き立てた和食をご提供」と書かれている。ソニーの創業者の盛田家は蔵元だったことを思い出す。
店内にはいると満席で賑わっているが、前もって窓際の席を予約してくれていた。名古屋の夜景も一望できる。「そういえば、ちょうど一年半前の昨年3月に、私が愛知県医師会の難病講演に呼ばれたとき、井形先生と3人で食事をしましたね。井形先生も殊の外、喜んでくださって今となっては懐かしいですね。私は5月の学会でお会いできなかったので、最後ということになりました」と言うような思い出話から始まった。
私はバッグからパソコンを取り出して、いい機会とばかり、9月に金沢に予定されている日本難病医療ネットワーク学会での特別講演の「予行」をさせて貰った。井形先生のスライドも何枚も用意してきたので、思い出話にはちょうどいいのではないかと考えたのである。話はいろんな方向に急展開したりして、私の存じ上げなかった井形先生も知ることができて、いつものように楽しい会食となった。22時前にはお開きにしたが、このお店、値段もさほど高くなく酒も料理も美味しくていい店である。
世の中のこと、先のことはわからない。事は順調に進んでいても土壇場で思いがけない事態に遭遇することは多々あることである。冷静に振り返れば、「単なる駐車してあった車のバッテリー切れ」に過ぎなかった訳だが。
夏休み最後の週末のためか、予想に反して鹿児島空港は混んでいた。16時50分発の飛行機に搭乗するために、16時前には鹿児島空港に着いたのだが、空港駐車場は満車となっていた。しばらく待って、やっと入場ゲートを通過できて駐車スペースを確保できた。ただ時間に余裕があったので、さほどあわてずに済んだ。繁忙時には空港駐車場が満車で困ったという話はよく聞いていたが、私には初めての経験だった。
また今夜は、井形先生とも共通の知人であるTさんと、19時過ぎに夕食しながら思い出でも語ろうと約束もしていた。定刻の18時15分に中部国際空港に到着したら、36分空港発のミュースカイに乗ることができる。機内では定時に着陸できるか気をもんでいたが、幸いなことに2分遅れで到着した。ところがプロペラ機だったので「バスで到着口まで案内します」というアナウンスである。「36分にはちょっと難しいかな」と諦めていたら、座席が5番と前だったことが幸いして、早い方のバスに乗ることができた。到着口から、息を切らしながら脱兎の如く走って、36分に間に合うことができた。これもかねての1万歩歩行のお陰である。
予定通り、19時5分に名鉄名古屋駅に到着、Tさんと金の時計下で合流して、JRゲートタワー12階のレストラン街にある「盛田厨」を案内してくれた。パンフレットには「東海三県の良質な旬の食材を、蔵元『盛田』をはじめとする伝統蔵の蔵出し調味料で引き立てた和食をご提供」と書かれている。ソニーの創業者の盛田家は蔵元だったことを思い出す。
店内にはいると満席で賑わっているが、前もって窓際の席を予約してくれていた。名古屋の夜景も一望できる。「そういえば、ちょうど一年半前の昨年3月に、私が愛知県医師会の難病講演に呼ばれたとき、井形先生と3人で食事をしましたね。井形先生も殊の外、喜んでくださって今となっては懐かしいですね。私は5月の学会でお会いできなかったので、最後ということになりました」と言うような思い出話から始まった。
私はバッグからパソコンを取り出して、いい機会とばかり、9月に金沢に予定されている日本難病医療ネットワーク学会での特別講演の「予行」をさせて貰った。井形先生のスライドも何枚も用意してきたので、思い出話にはちょうどいいのではないかと考えたのである。話はいろんな方向に急展開したりして、私の存じ上げなかった井形先生も知ることができて、いつものように楽しい会食となった。22時前にはお開きにしたが、このお店、値段もさほど高くなく酒も料理も美味しくていい店である。
