高校の同窓会(2017/08/16)
鹿児島はどういう訳か、高校の同窓会が盛んな県だと言われている。
私の母校の鶴丸高校同窓会(68回)が7月29日(土)に、城山観光ホテル「エメラルドホール」で開催された。鹿児島に住んでいながら同窓会にはあまり出席してこなかったが、今年度は高校時代に親友だった平田君から何度も誘いを受けたり、また古希という節目でもあるので出席することにした。さらに今年の幹事学年だという東先生(当院での病理診断にたずさわってくれている大学からの非常勤の病理医)からは、南日本新聞同窓会への広告も頼まれた。鶴丸の先輩でもある貞方理事長に相談して、団体枠で「南風病院 Be Smart Be Active」という広告(7月22日)を載せてもらった。
総会の開始は18時からだったが17時40分ごろにロビーに着いたが、受付はごった返していた。今回は38回生(昭和62年卒)が幹事学年ということで、そろいの法被をまとって忙しそうに準備などにあたっていた。
私は17回生(昭和41年卒)なので、真ん中からちょっと前の丸テーブルに案内されると、10人ほどの座席が並べられていた。今まで同窓会に参加したのは第65回の同窓会で、南九州病院の大熊先生が幹事学年だということで参加した。この時には背広姿の正装で参加したら一人浮いたようにバツの悪い思いをしたので今回はラフな格好で出席したら、冷房が効きすぎていて寒かった。この同窓会に出席する人はほぼ固定されたメンバーのようで、私はさしずめ「一見さん」というような扱いになる。
30分ほどで総会などの議事が終わり、幹事学年だという鹿児島では有名なMBCタレントの野口拓夫さんの司会で、余興としてやはり38回生だという桃月庵白酒(とうげつあんはくしゅ)の落語が用意されていた。今回のテーマも「笑門来鶴」となっており格好の企画ということになる。この噺家は私にとっては初めて聞く名前であり、どうせ退屈な代物だろうと思っていたら、実に面白く、今後本人が「しゃれで目指している」という「人間国宝」も夢でないかもと思うほど才能の豊かさを感じた。
本名は愛甲尚人さんという人で、1968年に肝属郡南大隅町(旧根占町)で生まれ、1987年3月に鶴丸高等学校を卒業、1992年4月に早稲田大学社会科学部中退して五街道雲助に弟子入りしている。前座名は「五街道はたご」、2005年に真打に昇進して「桃月庵白酒」を襲名したという。
大相撲の高安関に似た風貌で、よく通る声の持ち主である。本人の話では、野球部だったので腹から声を出す習慣が自然に身に着いたということである。この夜のお題は忘れたが、普通の家庭でよくみられる「夫婦の会話」を、古典落語の世界に昇華させたものであった。私が2か月ほど前に南日本新聞の「すいもあまいも」で取り上げた相談内容ともよく似ており、一人苦笑いしながら聞いていた。
私の母校の鶴丸高校同窓会(68回)が7月29日(土)に、城山観光ホテル「エメラルドホール」で開催された。鹿児島に住んでいながら同窓会にはあまり出席してこなかったが、今年度は高校時代に親友だった平田君から何度も誘いを受けたり、また古希という節目でもあるので出席することにした。さらに今年の幹事学年だという東先生(当院での病理診断にたずさわってくれている大学からの非常勤の病理医)からは、南日本新聞同窓会への広告も頼まれた。鶴丸の先輩でもある貞方理事長に相談して、団体枠で「南風病院 Be Smart Be Active」という広告(7月22日)を載せてもらった。
総会の開始は18時からだったが17時40分ごろにロビーに着いたが、受付はごった返していた。今回は38回生(昭和62年卒)が幹事学年ということで、そろいの法被をまとって忙しそうに準備などにあたっていた。
私は17回生(昭和41年卒)なので、真ん中からちょっと前の丸テーブルに案内されると、10人ほどの座席が並べられていた。今まで同窓会に参加したのは第65回の同窓会で、南九州病院の大熊先生が幹事学年だということで参加した。この時には背広姿の正装で参加したら一人浮いたようにバツの悪い思いをしたので今回はラフな格好で出席したら、冷房が効きすぎていて寒かった。この同窓会に出席する人はほぼ固定されたメンバーのようで、私はさしずめ「一見さん」というような扱いになる。
30分ほどで総会などの議事が終わり、幹事学年だという鹿児島では有名なMBCタレントの野口拓夫さんの司会で、余興としてやはり38回生だという桃月庵白酒(とうげつあんはくしゅ)の落語が用意されていた。今回のテーマも「笑門来鶴」となっており格好の企画ということになる。この噺家は私にとっては初めて聞く名前であり、どうせ退屈な代物だろうと思っていたら、実に面白く、今後本人が「しゃれで目指している」という「人間国宝」も夢でないかもと思うほど才能の豊かさを感じた。
本名は愛甲尚人さんという人で、1968年に肝属郡南大隅町(旧根占町)で生まれ、1987年3月に鶴丸高等学校を卒業、1992年4月に早稲田大学社会科学部中退して五街道雲助に弟子入りしている。前座名は「五街道はたご」、2005年に真打に昇進して「桃月庵白酒」を襲名したという。
大相撲の高安関に似た風貌で、よく通る声の持ち主である。本人の話では、野球部だったので腹から声を出す習慣が自然に身に着いたということである。この夜のお題は忘れたが、普通の家庭でよくみられる「夫婦の会話」を、古典落語の世界に昇華させたものであった。私が2か月ほど前に南日本新聞の「すいもあまいも」で取り上げた相談内容ともよく似ており、一人苦笑いしながら聞いていた。
