迷走台風に翻弄された3日間(2)(2017/08/09)
さて5日(土)である。
朝、病院まで歩いて行くと、雨は降っていないものの風が相当に強い。かなり離れた場所(奄美大島と屋久島の中間あたり)に台風の中心はあるというのに・・・かなり大型の台風なのではないかと悪い予感がした。
7時半過ぎに病院から空港に向かった。そして予定通り、9時5分発の東京行きに乗り込んだ。このお盆前の時期、いくつかの研究会があるようで、知り合いの医師に何人も会う。お互い心配を共有しあいながら「私は、今夜の最終便で帰れるだろうか」と再び不安が頭をもたげる。しかし運を天にまかせるしかない、という心境になる(5日の往路の機内で)。
白金の会場には12時前に着き、世話人会は予定通り12時半過ぎに始まった。この時点で、最終便は危ないかも知れないと思って、心の中ではフォーラムの途中で中座して16時40分発に変更しようと考えていた。ところが山下さんから「先生、15時以降の鹿児島便は全て欠航になるそうです」。万事休すである。「6日は無理でしょうから、7日の朝一便に変更しましょうか」と言われる。ここは「自然に逆らっても仕方ない」と諦めて、6日は「渡辺を叱る会」に出席して楽しもうと腹を決めた。それでも病院のことも気になって、事務長の江藤さんに連絡をとる。「今のところ大丈夫です」という返事を聞いてホッとする。
フォーラム終了後の懇親会では、簡単な挨拶と乾杯の音頭をとる。気はそぞろである。早めに退出して、ここでホテルにチェックイン、そのまま就寝する。フロントでスマートフォンのチャージの器具を貸して貰えてひとまず安心。通信手段がなくなると、東京では荒海に漂う小舟のような存在になる。
6日朝は、3時過ぎには目が覚めた。今日は広島に原爆が落とされて72年目になる。
台風情報が気になるが、東京から見たら遠くの出来事なのか、テレビでは臨時の報道はしていない。スマートフォンで調べると、まだ屋久島辺りをゆっくり北上中のようである。「7日朝の便は飛ぶだろうか」という不安が頭をもたげてくる。「いっそのこと、夕方の便に変更していた方が利口かも知れない。もし朝の便が飛ばないとなると、昼の便は満席になり、7日も帰れなくなるかも知れない」と心配になる。「変更の相談は東武トップツアーズの惣田さんにしてください」と携帯の番号を教えて貰っていた。9時頃になったら相談してみよう」と思い始める。「でも、その時間まで待っていたら変更できなくなるかも知れない」と思い直して、自分でネットでの変更を試みる。
ネットを使っての変更手続きは初めてであったが、ANAのアドレスからはいって、指示通りにチェックしていくと、意外に簡単に変更ができた。やはり心配していたように、午前の便は全て満席で、午後の便も残席が1席とか数席になっていた。9時まで待っていたらおそらく変更できなかったかも知れない。もっとも朝一便で帰ることができたら痛恨の「判断ミス」になるが、この時点では「安全策」をとることにした(結果的には私の判断ミス!台風の進路が東にそれて、鹿児島は直撃は免れた)。早速、難病相談支援センターの小城さんと秘書の鳥居さんにラインで連絡する。
朝、病院まで歩いて行くと、雨は降っていないものの風が相当に強い。かなり離れた場所(奄美大島と屋久島の中間あたり)に台風の中心はあるというのに・・・かなり大型の台風なのではないかと悪い予感がした。
7時半過ぎに病院から空港に向かった。そして予定通り、9時5分発の東京行きに乗り込んだ。このお盆前の時期、いくつかの研究会があるようで、知り合いの医師に何人も会う。お互い心配を共有しあいながら「私は、今夜の最終便で帰れるだろうか」と再び不安が頭をもたげる。しかし運を天にまかせるしかない、という心境になる(5日の往路の機内で)。
白金の会場には12時前に着き、世話人会は予定通り12時半過ぎに始まった。この時点で、最終便は危ないかも知れないと思って、心の中ではフォーラムの途中で中座して16時40分発に変更しようと考えていた。ところが山下さんから「先生、15時以降の鹿児島便は全て欠航になるそうです」。万事休すである。「6日は無理でしょうから、7日の朝一便に変更しましょうか」と言われる。ここは「自然に逆らっても仕方ない」と諦めて、6日は「渡辺を叱る会」に出席して楽しもうと腹を決めた。それでも病院のことも気になって、事務長の江藤さんに連絡をとる。「今のところ大丈夫です」という返事を聞いてホッとする。
フォーラム終了後の懇親会では、簡単な挨拶と乾杯の音頭をとる。気はそぞろである。早めに退出して、ここでホテルにチェックイン、そのまま就寝する。フロントでスマートフォンのチャージの器具を貸して貰えてひとまず安心。通信手段がなくなると、東京では荒海に漂う小舟のような存在になる。
6日朝は、3時過ぎには目が覚めた。今日は広島に原爆が落とされて72年目になる。
台風情報が気になるが、東京から見たら遠くの出来事なのか、テレビでは臨時の報道はしていない。スマートフォンで調べると、まだ屋久島辺りをゆっくり北上中のようである。「7日朝の便は飛ぶだろうか」という不安が頭をもたげてくる。「いっそのこと、夕方の便に変更していた方が利口かも知れない。もし朝の便が飛ばないとなると、昼の便は満席になり、7日も帰れなくなるかも知れない」と心配になる。「変更の相談は東武トップツアーズの惣田さんにしてください」と携帯の番号を教えて貰っていた。9時頃になったら相談してみよう」と思い始める。「でも、その時間まで待っていたら変更できなくなるかも知れない」と思い直して、自分でネットでの変更を試みる。
ネットを使っての変更手続きは初めてであったが、ANAのアドレスからはいって、指示通りにチェックしていくと、意外に簡単に変更ができた。やはり心配していたように、午前の便は全て満席で、午後の便も残席が1席とか数席になっていた。9時まで待っていたらおそらく変更できなかったかも知れない。もっとも朝一便で帰ることができたら痛恨の「判断ミス」になるが、この時点では「安全策」をとることにした(結果的には私の判断ミス!台風の進路が東にそれて、鹿児島は直撃は免れた)。早速、難病相談支援センターの小城さんと秘書の鳥居さんにラインで連絡する。
