Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

思いがけない死(前)(2017/09/19) 

ALS患者では病気が進行すると呼吸障害は避けられない。そこで人工呼吸器を装着して延命をはかることになるが、一度装着した呼吸器は現行の法律では離脱する(尊厳死)ことはできない。そのため装着の時点で、本人はもちろんのこと、家族も耐え難い悩みを強いられる。
 日本ALS協会鹿児島県支部事務局長の里中さんからラインで、「支部長の伊瀬知さんの娘さん(直美さんという41歳の女性)がくも膜下出血で急逝された」との連絡を受けた。にわかに信じがたいことで、言葉にも言い表せない痛恨時である。
 伊瀬知さんは9月9日に鹿児島大学保健学部主催の「ALS療養者・家族の立場から医療者に望むこと」と題する公開講座で、意思伝達装置を介してご自身の発病以降の体験や医療者へのメッセージを伝えられたという。講座の終了後、里中さんが車で伊瀬知さんのご自宅(頴娃町)まで送られたが、たまたまバッテリーが上がってその充電中に直美さんとしばらくお話しをする時間を取れた。里中さんは「きっと神様が時間を作ってくれたのかも知れない」と、後にしみじみと述懐していた。里中さんが、伊瀬知さんと同じように娘を持つ ALSの告知を受けたばかりの患者の話をすると、直美さんは「お母さんが呼吸器装着をしてくれて本当に良かった。呼吸器装着をして生きるお母さんに、たくさんのことを教えてもらった。だから 呼吸器装着を勧めたい」と語っておられたという。この後、わずか1時間後に、急逝されたことになる。
 伊瀬知さんとはかれこれ20年以上の付き合いになるが、さまざまな困難を乗り終えて今があり、素晴らしい人柄である。当時、人工呼吸器を付けるかどうかは本人も相当に迷ったが、その後の生き方をみると「つけて正解」だったと誰でも考える。瞬きによる入力方法で伝の心を巧みに操作して、多くの人とメールを通してコミュニケーションを図っている。メールだけ読むと、びっくりするほど心も安定しておられて、どんな時でも(例えば呼吸器が外れて九死に一生を得たようなときでも)冷静で、ユーモアさえ交えて表現する。彼女の生き方を見ていると、人間はたいしたものだといつも思ってしまう。
 当時の南日本新聞(2011/10/9)の記事では、その様子を次のように伝えている。
 ・・・人工呼吸器を付けるかどうか、9年前、2人は選択を迫られた。呼吸器を付ければ延命できる。でもALS患者の6割以上は付けずに亡くなっている。寝たきりで意思疎通が難しくなる将来への不安、家族にのしかかる24時間態勢での介護負担。付けた呼吸器を外せば罪に問われる。・・・夫は思う。「今日もお母さんが生きている」。それだけでうれしい。