人の命の儚さ(前)(2017/09/07)
人の命の儚さをこれほど実感したことは少ない。
津曲さんに最後に会ったのが9月2日の土曜日で、この時にはやっと話ができるほどで、意識ももうろうとしていた。そして「9月5日午前0時51分、永眠」となった。
簡単に経過を振り返ると、7月21日に他院で下部食道がんと転移性肝がんを指摘され、8月3日に南風初診。8月17日から化学療法導入予定だったが、肝障害と腎障害が強くて施行できなかった。8月31日に腎障害増悪して意識レベルが低下して入院。9月1日に緩和ケアチームに介入依頼したが、緩和ケア病棟に転棟することなくそのまま亡くなられた。
5日の朝に病院に出勤して亡くなられたとの報を聞いて、「やはりそうか」と思いつつも最後に会えなかったのをちょっと後悔した。
最近、最期の逝き方を考える時、「がん死も悪くないなあ」と思うようになったし、人にも話をするようになっていた。「人生の最後の整理の時間が取れるし、死後の準備もできる」というのが最大の理由だった。ところが津曲さんの経過を振り返るとき、がんでもこのように急速に進行することがあるものだと、あらためてがんの怖さも思い知らされた。
津曲さんとの関係は、津曲さんが旅行のチケットなどを斡旋する仕事をされていた(旅丸)ので、私の出張の時に飛行機のチケットを取ってもらっていた。もう20年ほど前のことになるかと思うが、私が南九州病院に、そして津曲さんが東急観光に務めていたときに遡る。加治木養護学校の校長をされていた会田先生を中心にしたゴルフの「快打会」なるものがあり、津曲さんも参加していたので顔見知りとなった。南九州病院から引き続いて今の南風病院に異動後も、出張時のチケットの手配は津曲さんに一任してきた。津曲さんも東急観光を退職して、自ら仲間と旅丸(近畿ツーリスト傘下なのかな)を興していた。そんな関係もあって、チケットを持って来てくれた時に雑談などをしていたが、明るく人柄もよくいつも楽しい会話になっていた。人の気持ちのよくわかる、世話好きの人柄で、だからこそ多くの顧客を獲得できたのだろうか。
南九州病院時代のことになるが、「先生、Gさん、きれいですね。私はこんなにきれいな人に会ったことがありません」と言われる。Gさんとは院長室の隣の医療安全管理室で教育担当をしていた看護師長である。「確かにきれいだけど、津曲さんが言うほどではないと思うけど」と茶化したりしていた。先日、Gさんに津曲さんの病状を電話で話したら「津曲さんとは不思議に趣味が一致していたんですよ。時計も、今度買われたというアウディも私も好きです」と、びっくりされながら話していた。
今年の6月ごろだっただろうか、「先生、アウディに替えました。ネットで選んだのですが、新古車でお買い得だと思いますよ。いいですね、路面に体が吸いつけられるような感じです」と嬉しそうに話される。「聞いていてもわからないから、病院まで乗せてよ」ということになり、わずか200メートルほど、助手席に乗せてもらった。赤い車体で、排気量は1500だと聞いたような覚えがある。
津曲さんに最後に会ったのが9月2日の土曜日で、この時にはやっと話ができるほどで、意識ももうろうとしていた。そして「9月5日午前0時51分、永眠」となった。
簡単に経過を振り返ると、7月21日に他院で下部食道がんと転移性肝がんを指摘され、8月3日に南風初診。8月17日から化学療法導入予定だったが、肝障害と腎障害が強くて施行できなかった。8月31日に腎障害増悪して意識レベルが低下して入院。9月1日に緩和ケアチームに介入依頼したが、緩和ケア病棟に転棟することなくそのまま亡くなられた。
5日の朝に病院に出勤して亡くなられたとの報を聞いて、「やはりそうか」と思いつつも最後に会えなかったのをちょっと後悔した。
最近、最期の逝き方を考える時、「がん死も悪くないなあ」と思うようになったし、人にも話をするようになっていた。「人生の最後の整理の時間が取れるし、死後の準備もできる」というのが最大の理由だった。ところが津曲さんの経過を振り返るとき、がんでもこのように急速に進行することがあるものだと、あらためてがんの怖さも思い知らされた。
津曲さんとの関係は、津曲さんが旅行のチケットなどを斡旋する仕事をされていた(旅丸)ので、私の出張の時に飛行機のチケットを取ってもらっていた。もう20年ほど前のことになるかと思うが、私が南九州病院に、そして津曲さんが東急観光に務めていたときに遡る。加治木養護学校の校長をされていた会田先生を中心にしたゴルフの「快打会」なるものがあり、津曲さんも参加していたので顔見知りとなった。南九州病院から引き続いて今の南風病院に異動後も、出張時のチケットの手配は津曲さんに一任してきた。津曲さんも東急観光を退職して、自ら仲間と旅丸(近畿ツーリスト傘下なのかな)を興していた。そんな関係もあって、チケットを持って来てくれた時に雑談などをしていたが、明るく人柄もよくいつも楽しい会話になっていた。人の気持ちのよくわかる、世話好きの人柄で、だからこそ多くの顧客を獲得できたのだろうか。
南九州病院時代のことになるが、「先生、Gさん、きれいですね。私はこんなにきれいな人に会ったことがありません」と言われる。Gさんとは院長室の隣の医療安全管理室で教育担当をしていた看護師長である。「確かにきれいだけど、津曲さんが言うほどではないと思うけど」と茶化したりしていた。先日、Gさんに津曲さんの病状を電話で話したら「津曲さんとは不思議に趣味が一致していたんですよ。時計も、今度買われたというアウディも私も好きです」と、びっくりされながら話していた。
今年の6月ごろだっただろうか、「先生、アウディに替えました。ネットで選んだのですが、新古車でお買い得だと思いますよ。いいですね、路面に体が吸いつけられるような感じです」と嬉しそうに話される。「聞いていてもわからないから、病院まで乗せてよ」ということになり、わずか200メートルほど、助手席に乗せてもらった。赤い車体で、排気量は1500だと聞いたような覚えがある。
