ボリビアの密林に散ったフレディ前村の光跡(5)(2017/10/27)
☆ フレディの青春と日本人の血
ほろ苦い恋のエピソードも挟んでいる。
一緒に留学した女学生に淡い恋心を抱いていたが、強引で利己的な同級生にその恋人を奪われてしまう。人のいいフレディは、同級生のために恋のキューピットとして恋文の添削までしてあげている。ところがこの学生は、妊娠が分かったとたん、彼女から離れていく。結局彼女はシングルマザーとして出産し、一人で女の子を育てることになる。フレディはいつも励ましたり、子供の誕生日にはお人形を持って遊びに行く。最後に「来年の誕生日にはまた来るからね」と約束して戦線に戻る。フレディが亡くなって、次の誕生日が来る。女の子は無邪気に「今年は来ないね」と母親に訊ねる。「一番近い所に、いつもいて見守ってくれているんだよ」という母親の横顔がせつなく写る。
映画ではキューバで揺れ動くフレディの青春模様が何度も描かれる。軍人や地主が農民から搾取するボリビア社会に怒りを抱いていたフレディは、同国の軍事政権打倒を試みるゲバラ軍についに志願した。そして66年にゲリラとして母国に潜入した。2カ月以上も政府軍の追撃から逃れ続けてクタクタになっていた67年8月31日、東部サンタクルス州の山岳地帯で、地元民の密告により政府軍の待ち伏せを受けて捕縛され、拷問の末に射殺される。
映画館を出ると雨が降っていた。ほぼ私と同世代で、父親が私と同郷の前途有望な若者が、遠くボリビアの地で悲惨な死を遂げたことなど知る由もなかった。この新聞報道がなければ死ぬまで知らなかっただろう。
坂本監督は何度も南米に渡り、フレディの兄弟や同級生を取材した。誠実で意志が強く、かつ他者の意見にも耳を傾ける若者だったという。この映画を製作するにあたって決め手になったのは、長姉マリーさんの「兄弟の中で、最も父親に重なる部分が多かった。他の兄弟は子供の頃からダンスをしたり歌ったりが好きだったが、彼だけは照れ屋で、物静かで、そういったことに苦手意識もあったようで、そういったナイーブなところに“日本人の血”を一番感じた」という言葉だった。
ただ、フレディの学友の方々に取材した時には、「日本人を感じる以前に、ラテンアメリカ人として何をすべきかという考えがあって、本人も日本人という血を引いているというところに意識をあまり置いていなくて、ラテンアメリカ人として、常にラテンアメリカ全体のことを考えていた。そういう人だったと思います」と答えている。
フレディを演じたのはオダギリ・ジョーだったが、役作りのために12キロも減量し、全編スペイン語で通したというから大変な努力である。
もし映画評論家という立場だったら、必ずしも成功したという作品ではないかもしれない。ドラマ仕立てではないので深みやドキドキ感も少なく、言葉を変えればドキュメンタリー風の青春映画ということになる。フレディが平穏で約束された未来をもかなぐり捨ててまで革命運動に身を投じなければならなかったのかの、揺れ動く心模様もいまいち伝わってこない。
ただ私は同郷の一人として、思い入れる気持ちは強かった。
ほろ苦い恋のエピソードも挟んでいる。
一緒に留学した女学生に淡い恋心を抱いていたが、強引で利己的な同級生にその恋人を奪われてしまう。人のいいフレディは、同級生のために恋のキューピットとして恋文の添削までしてあげている。ところがこの学生は、妊娠が分かったとたん、彼女から離れていく。結局彼女はシングルマザーとして出産し、一人で女の子を育てることになる。フレディはいつも励ましたり、子供の誕生日にはお人形を持って遊びに行く。最後に「来年の誕生日にはまた来るからね」と約束して戦線に戻る。フレディが亡くなって、次の誕生日が来る。女の子は無邪気に「今年は来ないね」と母親に訊ねる。「一番近い所に、いつもいて見守ってくれているんだよ」という母親の横顔がせつなく写る。
映画ではキューバで揺れ動くフレディの青春模様が何度も描かれる。軍人や地主が農民から搾取するボリビア社会に怒りを抱いていたフレディは、同国の軍事政権打倒を試みるゲバラ軍についに志願した。そして66年にゲリラとして母国に潜入した。2カ月以上も政府軍の追撃から逃れ続けてクタクタになっていた67年8月31日、東部サンタクルス州の山岳地帯で、地元民の密告により政府軍の待ち伏せを受けて捕縛され、拷問の末に射殺される。
映画館を出ると雨が降っていた。ほぼ私と同世代で、父親が私と同郷の前途有望な若者が、遠くボリビアの地で悲惨な死を遂げたことなど知る由もなかった。この新聞報道がなければ死ぬまで知らなかっただろう。
坂本監督は何度も南米に渡り、フレディの兄弟や同級生を取材した。誠実で意志が強く、かつ他者の意見にも耳を傾ける若者だったという。この映画を製作するにあたって決め手になったのは、長姉マリーさんの「兄弟の中で、最も父親に重なる部分が多かった。他の兄弟は子供の頃からダンスをしたり歌ったりが好きだったが、彼だけは照れ屋で、物静かで、そういったことに苦手意識もあったようで、そういったナイーブなところに“日本人の血”を一番感じた」という言葉だった。
ただ、フレディの学友の方々に取材した時には、「日本人を感じる以前に、ラテンアメリカ人として何をすべきかという考えがあって、本人も日本人という血を引いているというところに意識をあまり置いていなくて、ラテンアメリカ人として、常にラテンアメリカ全体のことを考えていた。そういう人だったと思います」と答えている。
フレディを演じたのはオダギリ・ジョーだったが、役作りのために12キロも減量し、全編スペイン語で通したというから大変な努力である。
もし映画評論家という立場だったら、必ずしも成功したという作品ではないかもしれない。ドラマ仕立てではないので深みやドキドキ感も少なく、言葉を変えればドキュメンタリー風の青春映画ということになる。フレディが平穏で約束された未来をもかなぐり捨ててまで革命運動に身を投じなければならなかったのかの、揺れ動く心模様もいまいち伝わってこない。
ただ私は同郷の一人として、思い入れる気持ちは強かった。
