Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

SWITCHインタビュー達人達(前)(2017/10/05) 

NHKのBSで「SWITCHインタビュー達人達」という番組がある。
 「異なる分野で活躍する2人の“達人”が出会い、語り合う。ただし、単なる対談番組ではありません。番組の前半と後半でゲストとインタビュアーを『スイッチ』しながら、それぞれの『仕事の極意』について語り合い、発見し合う、いわばクロス×インタビューです」とNHK広報には書かれている。
 時々この番組を観ているが、特に印象に残っているのは(探検家)角幡唯介×(僧侶)塩沼亮潤、(バリアフリー研究者)福島智×柳澤桂子(生命科学者)などである。
 さて8月12日に放映された「作家なかにし礼とポケモンGOをつくった野村達雄」の対談が面白かった。どちらも爽やかな話しぶりで、お互いの話のテンポもよくて、聞くものを心地よい雰囲気にさせてくれる。
 また二人の出自や経歴も変わっていて、その辿ってきた人生から「日本を外から見つめる」点でも共通することも多く、興味深く観ることができた。それにしても、なかにしの話しぶりは軽快で、野村さんと50歳近くの年齢差があるようには思われない。
 なかにし礼は私の世代では最も有名な歌謡曲の作詞家で、レコード大賞も数えきれないほど受賞している。私のもっとも好きな歌の一つに「石狩挽歌」というものがあるが、少年期の実体験に基づいたものといわれているが、この歌詞を読むとその才能を羨ましく思うと共に、戦慄が走るような思いにかられる。
 インタビュー・ドキュメント 自伝 なかにし礼~わが恋 わが愛 わが命(9月13日(水)NHKBS)を聞いたが、一見甘い恋愛歌にも思える歌詞は、過酷な戦争体験や引き揚げ、そして戦後の貧しい悲惨な生活をベースに書き下ろされたものだという。この石狩挽歌も6歳で満州から小樽に引き上げた時の目に焼き付いているニシン漁の豊漁の光景と、それから30年ほど経った後、港を眺められる丘に立つかって飯炊きをしていた中年女性の目に映る現在の小樽の状況を描いたものだという。11歳年上の兄が当時の金で300万円の借金(家を抵当にして)をして網を買い、結果的には失敗して家も手放し、東京に逃散する羽目になったのだという。
 さてこの歌は何人かの歌手の競作となっているが、私はやはり北原ミレイの低音でハスキーな歌い振りが好きである。
 石狩挽歌(いしかりばんか):作詞、なかにし礼(曲リスト)、作曲:浜 圭介
 (一)海猫(ごめ)が鳴くからニシンが来ると 赤い筒袖(つっぽ)の やん衆がさわぐ
 雪に埋もれた 番屋の隅で わたしゃ夜通し 飯を炊く
 あれからニシンは どこへ行ったやら 破れた網は 問(と)い刺し網か
 今じゃ浜辺で オンボロロ オンボロボロロー
 沖を通るは 笠戸丸(かさとまる) わたしゃ涙で ニシン曇りの 空を見る
 (二)燃えろ篝火 朝里(あさり)の浜に 海は銀色 ニシンの色よ
 ソーラン節で 頬そめながら わたしゃ大漁の 網を曳く
 あれからニシンは どこへ行ったやら オタモイ岬の ニシン御殿も
 今じゃさびれて オンボロロ オンボロボロロー
 かわらぬものは 古代文字 わたしゃ涙で 娘ざかりの 夢を見る