Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

リーダーについて(5)(2017/10/02) 

最後の「看護は文学である」とは、一言でいうならば「想像力を働かせて相手の身になって看護しよう」ということになる。この想像力の養成にはとりもなおさず読書することで、読書により想像力が高まり、自ら経験したことのない世界を知ることができて、多くの物語を描ける。そして自分の考え方にこだわらない、相手の気持ちを推し量ることができるようになる。また読書はともすると独善的な見方になってしまうことを未然に防いでくれる。
 看護師は臨床の現場ではさまざまな年齢の、そして自分より経験的にははるかに豊かな患者さんの看護をしなければならない。おまけに患者さんは肉体的にも精神的にも病む人たちである。我々には選択権はないわけで、目の前の患者さんに平等に接していかなければならない。この患者さんとはうまくいったが、隣の患者さんとはうまくいかないでは困る。いろんな患者さんといい関係をつくるためには、こちらがたくさんの「引き出し」を持っていなければならない。人生経験は年を重ねなければかなわないわけなので、できるだけたくさんの疑似体験を積むためにも読書は大切である。
 看護は文学であるということは、文学(読書)は想像力をもたらす、豊かな想像力が豊かな人格を作る、相手の気持ちになれる、読書により疑似体験をたくさん積むことで感性と知識が豊かになる、独善的になることなく、広い見方ができる、患者さんと人生の物語を作るお手伝いがということになる。
 「私が人生から学んだこと」を次のようにまとめてみた。
 1) 患者目線で、常に相手の気持ちで考える。
 2) 可能なら他人と競争したり、比べたりしない。できるだけ喧嘩は避ける。逃げ道は残しておく。
 3) 継続こそが大切である。習慣は変えない。
 4) 理性8割、感性2割で臨む。(筋ジス病棟で働いていたときに心がけていたことである。看護師は逆に、理性2割、感性8割くらいの気持ちでないとうまくいかない)。
 5) いろんな人との出会いを心がけ、いろんな本を読む。
 6) 自分を信じ、時には自分を疑う。自分の行為は正しいのだろうかと。
 7) 完璧は求めない。ほどほどで妥協する。
 8) 準備は早くから取り掛かる。
 1)は医療者の基本であり、上川路会計事務所の旗に書かれていた「恕」という言葉であり、「他人の立場や心情を察する気持ち」ということになる。2)は誰しも願う所であり、さまざまなストレスが健康にも影響する。私はたまたま入局した医局が新しい医局で、難しい先輩も少なく気を遣わずに済んだ。また南九州病院でも医長、副院長、院長という道だったので、結果的には中間管理職としての悩みも少なかった。