Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

同窓会(2017/11/24) 

私は同窓会なるものはちょっと苦手で、地元に住んでいながら高校も大学も出席率は今まであまりよくない。特に大学の同窓会は、当然ながら医師ばかりなので話もステレオタイプになりがちで、また市内で働く同級生とはいろいろな会合で顔を合わすことも多いので取り立てて出席しなくてもいいかなという思いである。今回の11月4日の同窓会も出席するかどうか迷ったのだが、古希になったばかりだし、今後何回顔を合わせることができるかわからないと思って出席を決めた。というのも、私の卒業した昭和47年卒は100人近くが卒業したかと思うが、既にその四分の一の25人を超える同級生が他界している。
 11月4日、19時から城山観光ホテルで開催された。まず、記念写真を撮ったのち、幹事役の池田先生の挨拶で始まった。70数人に案内状を送付して、今回の出席は22人(ゴルフが6人)で、20数名は出欠の返事もなかったという。亡くなった義父は九大の同窓会をよく話してくれていたが、記念誌を作って夫婦で出席し、いつも大変な盛り上がりのようで、よく楽しそうに話してくれていた。
 昨年の同窓会以降、高口君と川口君(テニス部が一緒だった)が亡くなっているのでみんなで黙祷した後、4つのテーブル(指定はなくて適当に)でそれぞれに歓談となった。
 私の両隣は川村君と川畑さんだった。川畑さんにさきほどまで落語を聴きに行っていたことを話すと、「3日前に鶴丸の同窓会があって、同級生だった溝口君の息子さんが噺家になっているということでしたよ。彼は現在、創建築計画研究所の社長さんですが」と言われる。あの白酒が溝口さんの息子さんで、鶴丸を卒業して(親の家業を継がずに)早稲田大学に進学、そして中退して噺家になったことがつながった(義弟にそのことを話すと、私の早合点で、ネットで調べたらしく、『白酒の本名は愛甲尚人らしいですよ』。と言う。となると溝口さんの息子さんは何という名前の噺家なのだろうか?)。そして溝口さんは、10年ほど前に私の義父の病院の設計を担当された人で、私もそのころ一緒に飲んだことのある人だった。
 一方、川村君との話では、私がよくいくそば屋さんで川村君の息子さん(鹿大の整形外科に在籍)と相席してから仲良くなったことを話した。世の中は狭い。また川村君は最近腹の具合が悪いので大腸の検査を予定しているとか。昔話になって、川村君は長田中学で是枝君(一内科出身)と同級生で、あの森進一と同学年だったという。当時森進一は「素行が悪くてねえ・・・」ということだったが、その後の活躍を考えると、世の中のことは「棺桶に収まるまで」わからないものだと思うことである。
 しばらく経ったところで、一人一人の近況報告があり、散会となった。