Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

患者様を偲ぶ集い(2017/11/10) 

(もうずいぶん前の話になる。思い出しながら)
 南風病院恒例の「患者様を偲ぶ集い」が10月26日14時から多喜ホールで開催された。吉田葬祭のご厚意で、簡素であるが立派な祭壇が用意されている。後の「語る会」に出席されたお一人が、「こんなに立派な集いでしたら、もうちょっときちんとした服装でくればよかった」と語っておられたが、もちろん平服で充分である。担当の肥後課長の話によると「毎年、参列される方が増えています」ということだったが、確かに今年は昨年より多いように思える。病院では、過去一年間に緩和ケア病棟で亡くなられたご家族に、案内状を出しているのだという。
 まず善福寺住職の長倉僧侶による読経があり、その後ご家族、病院側参列者の献花、そして長倉さんからのお話が式次第になっていた。いろいろなお坊さんの読経を聞いてきたが、最近長倉さんの声もよく通り、情感もこもっていて一段と冴えてきたように感じられる。
 話は変わるが、先日、健診の時に自覚症状の欄に、咳、痰に〇を付けている人がいた。40歳ぐらいの男の人で、「喫煙はなし」となっている。「どうして咳が出るんですか」と訊ねたら、「声を出す仕事ですので」と言われる。「声楽家かな」と思ったら、吉野のお寺の住職だということで「納得」した。私など「お坊さんにならなくてよかった」と思うことだった。
 さて「偲ぶ集い」は理事長、そして私の献花に続いて、ご家族そして参列者の献花があり、長倉住職のお話である。
 長倉さんの話にはいつも引き込まれるものがある。おそらく、自身の経験から、いろいろな話のネタを持っているからだろう。そして相手の気持ちになって物事を考えていくので、聞いている方も同じように共感できるのだろう。
 今回の話は概ね次のようなものだった。北海道の旭川での講演(毎年行かれているようである)の後、二組の家族が講演の後で控室に訪ねて来られた。最初の家族の場合、息子さんが17歳で白血病になって6年の闘病の末に亡くなられたという。毎日、息子さんのことを思い続けているという話だった。するともう一組のお母さんが「あんたはいい」と大声で叫ばれたという。このお母さんの息子さんは高校二年の時にキャンプに行って、素潜りしてそのまま帰らぬ人になったのだという。「朝、元気に出かけて行って、そのまま一度も話すこともできなかったんですよ。あなたの場合は、6年間の、そりゃ辛いこともあったでしょうが、話せる時間が持てたではないですか」と言われた。
 おそらくこのような話になったのは、長倉さんが講演の時に、自分の同級生の息子が「朝起きたら、急性心不全で亡くなっていた」話を紹介したからではないだろうかということだった。
 思い起こせば、私たちの両親(家内の両親も含めれば)はもう4人ともこの世にいない。二人ががんで、2人が脳血管障害である。がんの場合はいろいろと話しをする時間が残されるが、脳血管障害ではそのような時間をとれないのが普通である。控室の来られたお二人の場合を考えても、それぞれに悔いが残るのが普通である。人生、思い通りにはいかない。
 その後、理事長より一言があり、「患者様を偲び共に語る会」となった。