Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

風の会ザビエル文化の集い(5)(2017/11/09) 

第二部は藤明美さんが三線やギターを自ら弾きながら、情緒豊かな島唄などを披露された。
 藤さんは鹿児島市の生まれであるが、奄美大島出身の両親のもと(大島紬の藤絹で有名)、島唄や踊りに囲まれて育つ。その他にイタリア歌曲やフォークソングなど、幅広い音楽に親しむ。子育て一段落後に45歳でデビューして、愛情に満ちた世界を願い、その思いを多様なジャンルの歌で表現されている。この日も、情感のこもった美しい歌声で参加者を魅了した。
 そして第三部が、元夕張市立診療所所長の森田さんの「病院がなくなっても幸せです(夕張市民)」である。衝撃的な内容で、講演が終わってみると「なるほど」と思うことだった。
 森田さんは神奈川県の出身で一橋大学の経済学部を卒業後、宮崎医科大学に進学し研修医の後に夕張診療所に勤務して所長など歴任されている。現在は臨床業務の傍ら、「夕張市の一人あたりの高齢者診療費減少に関する要因分析」など、経済学部卒業の経験も生かして、社会的な発信も行っている。男の子供さんが3人おられて、三男(5歳)の通っている幼稚園(吉野幼稚園)の園長がたまたま川涯先生だったという縁で、この日の講演となった。私も6月の父の日に吉野幼稚園で講演をした時に、森田先生を紹介してもらっていた。
 先生の講演は、最初に「病床、最大20万床削減」と「鹿児島県では3万床削減」という大見出しの新聞記事を提示した。その後も豊富なデータ(主に夕張市)に基づいて、病床を削減しても市民生活や医療、福祉に関して何の混乱もなく、市民の顔はむしろ幸せ感さえ感じられるというもので、大変説得力があった。時々自分の可愛い子どもの写真も織り交ぜながら、聴衆を飽きさせないプレゼン手法は大したものである。
 さて夕張の高齢化率をみると、近未来の鹿児島の姿であるが、やり方、考え方によっては病床の削減はあっても幸せに生活できるというのである。まさに目からうろこが落ちるという思いで拝聴した。
 そこには、三つの秘密が隠されている。
 一つが「きずな貯金」、二つ目が「市民の意識改革(予防に汗を流し、天命を受け入れる)」、三つ目が「生活を支える医療(訪問看護など)」が土台になっている。
 夕張では地域での「きずな貯金」がしっかりしており、長谷川式で10点台に認知症のおばあさんも独居で生活ができている。冬場になると毎朝5時には起きて、自宅の回りばかりでなく、地域全部の雪かきをしている。住民みんなが、このおばあさんを昔からよく知っていて、さりげなく気を配ってあげているからである。おそらく炭鉱住宅としての長年の付き合いが基盤になってのことかと思うことである。都市部のマンションや、核家族化した集合住宅ではなかなかのことだと思うことである。一つの活路は、我々団塊の世代の関わり方にあるのではないだろうか。
 意識改革では、延命治療について取り上げていた。
 「みとり」の問題にも言及していたが、鹿児島のいわゆる老人病院では今でも手足を縛られ定時的に胃瘻から栄養剤を注入されている病院がある。本人の希望でもなかったのに、家族と病院側の都合が優先して、そのような人権無視の状況になっている。夕張では不必要な延命処置は施されずに、本人の意思が生かされる終末医療に変化してきている。これが正しい「みとりの姿」で、死因の一番は「老衰」になっているということだった。
 訪問看護や訪問医療は離島など一部を除いて、ほぼ全国津々浦々に行き届いている。ただ財源との兼ね合いもあり、サービス過剰なども言われてきたので、予防に力を入れ、効率化していくことも大切になると思うことである。
 予定通り、16時30分過ぎには予定されていた全てのプログラムが滞りなく終り、閉会となった。私はそのまま市役所に行って投票を済ませ、18時からは天文館で打ち上げの懇親会に参加した。