Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

面倒だから、しよう(2017/12/27) 

先日の霧島での管理者研修の時、そのタイトルは「置かれた場所で咲きなさい」というものだった。渡辺和子さんの著書の題名をそのまま借用させてもらったが、講話の後、しばらくしてから当院栄養科の塩満さんが一冊の本を持って来てくれた。『面倒だから、しよう』(幻冬舎2013年)というタイトルで、渡辺さん直筆の達筆なサイン入りである。「私は先生が学長されていたノートルダム清心学園の卒業生で、先生から教えを受けました。何冊も買いましたので、一冊お上げします」と言うのである。
 この本は、渡辺さんが以前いろいろの所で話されたり、書かれたものを一冊にまとめたもので、4章から構成されている。第一章がていねいに生きる、第二章が幸せは、自分が決める、第三章は私が歩んで来た道、第四章が相手の気持ちを考える、となっている。
 私は渡辺さんの生き方に興味があったので、第三章から読み始めた。印象に残った部分を抜書きした。
 「与えられた試練に耐えるには」
 私には「生まれてきて、すみません」という罪悪感のようなものが、幼い時からあったという。「それは44歳ですでに娘一人、息子二人を育て上げていた母にとって、私は必ずしも『欲しい』子ではなかったからだったとは、後になって姉から聞いたことでした」。
 私の86年間の歩みの中に、結構たくさんの試練をくださいましたが、耐える力と逃れる道を、その時々に応じて備えてくださいました。
 「忘れられない母の背中」
 (渡辺さんは母親が45歳ごろに生まれた子供なので)30歳で修道院にはいったときには、母はすでに70代の半ばで、一人で出かける時に方向を間違える時もあって、外出には私がいつも付き添っていました。その母を残しての入会。・・・走って行ってパラソル代わりに手を引いてやりたくても、それが許されないかない悲しさ、それをかみしめている私に、母は一度も振り返らずに帰って行きました。その後ろ姿には、70年余りの間、母が耐え忍んだに違いない数多くの苦労が刻み込まれているようで、母の背は、以前よりいっそう丸く、小さくなっていたように見えました。
 「私の選んだ生き方」
 夢を持たずに、ひたすら目標に向かって努力する生き方もある。自分が選んだ道を一歩一歩踏みしめていこう。「今」を確実に生きる。
 「結果に責任をとる覚悟」
 個人的なものは決心と呼ばれ、他の人々にも影響を与えるものを、決断と呼ぶようです。決断には、私利私欲を離れ、他人の意見に耳を傾ける謙虚さが必要。決断をくだし、実行するためには、柔軟性と強い信念が必要。そして、その結果を人のせいにしない。