Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

山口君からタンゴ君(前)(2017/12/25) 

昔、「山口さんちのツトム君」という歌が流行ったことがあった。調べてみると、1976年のNHK「みんなのうた」で放送されたものである。
 その山口君から鹿児島銀行主催病院経営セミナーで「診療報酬・介護報酬W改定の概要と論点」について講演するというメールをもらった(11月9日)。肩書きは「メディキャスト株式会社厚生政策情報センター事業部課長」となっている。
 早速「知らない間にいつのまにか偉くなって!早速申し込みました。期待しております」というメールを送ったら、「福永先生がいらっしゃいますと、緊張します・・・。少しは成長したところをお見せできるようにがんばります。チラシの写真の時は74キロありましたが、今年の5月から毎日12000歩歩くようにして、食事も塩分を減らすなどして、56キロになりました。妻の協力のおかげです。3月には10キロですがマラソンに挑戦します」という返事が戻ってきた。
 山口君との付き合いはかれこれ20年ほど前に遡る。
 南九州病院で働いていた頃、2002年に日総研から「医療安全管理体制の仕組みづくりと再発防止策」という本を出版したことがあった。当時の南九州病院のスタッフを総動員して作成したものだったが、その未完成の原稿を丁寧にチェックして校正してくれたのが山口君(当時、日総研の福岡支社の編集者)である。表紙は、当時トラにのめり込んでいて(偶然、彼も虎ファン)、なんと黄色の縦じま模様にした(その秘密を知っていたのは、二人だけ)。その後、私は日総研の看護や介護雑関係の月刊誌に連載したり、「病む人に学ぶ」という単行本(2004年)を発刊した時には大変お世話になった。博多に行っては、独身だった彼と親戚の寿司屋でよく飲んで食べたものである。
 彼はもともと伊集院の酒屋の息子であるが家業は継がずに、10年ほど前になるだろうか、勇躍トラバーユを決行して現在の日本経営に移って、居場所も千葉に移り住んだ。「結婚はしない」と豪語していたが、意外なことにかわいい名古屋の女性(これも偶然であるが、私が日総研の刊行物に書いたものの校正もしてくれていたという)と結婚した。人生にはいろいろと予期せぬことが起きるものである。
 12月9日の講演は、14時から朝日通りの鹿児島ビルとなっていた(思い違いで、高見馬場の中央ビルだった)ので病院から歩いて(結果的には朝日通から電車に乗って)会場に向かった。14時前に会場に着くと人はまばらだったが、開演時には大きな会議室が満席になっていた。開演前に彼に挨拶したが、20キロ近くやせると人相も変わって、精悍な感じになっていた。
 講演はあらかじめ配られていた分厚い資料に沿ったものだったが、きちんと要点がまとめられていて、手慣れたもので「結構うまい」と評価できる。日総研時代にさまざまな講習会の裏方をやっていたことが生かされているのだろうと思うことだった。講演は15時40分ごろまでということだったが、私は久留米に行くことにしていたので20分ほど前に中座した。