あたり前田のクラッカー(2017/12/12)
(北吉さんの奥さんからのメール)遅い時間になりました。先日はカレンダー撮影有り難うございます!今日、奥様が楽しみにされている「故郷便」(注:横川の田舎で食べるにしめやおにぎりなど)を発送したそうですので明日には届きますので。
横川も大変寒くなりました(^_^;)。明日は南九で胃ろうのペグ交換にヘルパーさんとワイワイと行って来ます。勿論日帰りですよ(笑)。このまま元気に年をこせればと願っています。福永先生も風邪など引かれないようにご自愛下さい。(終)
横川町でALSの夫の介護を長年続けておられる北吉さんの奥さんからのメールである。毎年、12月に(昨年は病院に入院していたので1月に)トラグッヅで次年度のカレンダー用の写真を撮っている。今年はALS協会のチャリティーコンサートが11月23日だったので、その日にハートピアで撮った。
(私からのメール)カレンダーの写真を撮るたびに、奥さんは立派になった(身体も?!)と思い方です。人間、鍛えられるものですね。頑張っていい歳迎えましょう。(終)
(北吉さんの奥さんからのメール)お褒めの言葉有り難うございます。昨年からウォーキングと週1時間の水中ウォーキングを頑張っているのですが、見た目は変わらず中身の数値は少し落ちてきています(^_^)。自負できるのは主人の介護をしながら、同居する義父と義母を看取りました!この5~6年は色んな事に振り回されながら乗り越えての現在があり、強くなるのも当たり前田のクラッカー(笑)。
これからは大阪で一人暮らしの母が元気で長生きしてくれることを願っています!今年の年末は鹿児島に来てくれるので久し振りに一緒にお正月を迎えることができるので楽しみです。(終)
メールの中の「当たり前田のクラッカー」という部分、私にはよく理解できずに、ネットで調べてみた。前田製菓の「ランチクラッカー」のテレビCMに使われていた名フレーズで、1962年~1968年にかけてテレビで放送されていたコメディー番組「てなもんや三度笠」の劇中で、「ランチクラッカー」を手にした出演者の藤田まことが、「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー!」とCMをしていたのが広がり、当時大流行したのだという。私も「てなもんや三度笠」をテレビで見ていた記憶はあるが、「当たり前田のクラッカー」というフレーズは覚えていない。北吉さんの奥さんは大阪生まれの大阪育ちだから、強烈に印象に残っているのだろう。
いずれにせよ、夫を介護しながら義父と義母を看取ったというのは称賛に値する。最初の頃は「いつまで続くのやら」と心配したものだが、いろいろな経験を経て人間は強くなるものだと思う。
横川も大変寒くなりました(^_^;)。明日は南九で胃ろうのペグ交換にヘルパーさんとワイワイと行って来ます。勿論日帰りですよ(笑)。このまま元気に年をこせればと願っています。福永先生も風邪など引かれないようにご自愛下さい。(終)
横川町でALSの夫の介護を長年続けておられる北吉さんの奥さんからのメールである。毎年、12月に(昨年は病院に入院していたので1月に)トラグッヅで次年度のカレンダー用の写真を撮っている。今年はALS協会のチャリティーコンサートが11月23日だったので、その日にハートピアで撮った。
(私からのメール)カレンダーの写真を撮るたびに、奥さんは立派になった(身体も?!)と思い方です。人間、鍛えられるものですね。頑張っていい歳迎えましょう。(終)
(北吉さんの奥さんからのメール)お褒めの言葉有り難うございます。昨年からウォーキングと週1時間の水中ウォーキングを頑張っているのですが、見た目は変わらず中身の数値は少し落ちてきています(^_^)。自負できるのは主人の介護をしながら、同居する義父と義母を看取りました!この5~6年は色んな事に振り回されながら乗り越えての現在があり、強くなるのも当たり前田のクラッカー(笑)。
これからは大阪で一人暮らしの母が元気で長生きしてくれることを願っています!今年の年末は鹿児島に来てくれるので久し振りに一緒にお正月を迎えることができるので楽しみです。(終)
メールの中の「当たり前田のクラッカー」という部分、私にはよく理解できずに、ネットで調べてみた。前田製菓の「ランチクラッカー」のテレビCMに使われていた名フレーズで、1962年~1968年にかけてテレビで放送されていたコメディー番組「てなもんや三度笠」の劇中で、「ランチクラッカー」を手にした出演者の藤田まことが、「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー!」とCMをしていたのが広がり、当時大流行したのだという。私も「てなもんや三度笠」をテレビで見ていた記憶はあるが、「当たり前田のクラッカー」というフレーズは覚えていない。北吉さんの奥さんは大阪生まれの大阪育ちだから、強烈に印象に残っているのだろう。
いずれにせよ、夫を介護しながら義父と義母を看取ったというのは称賛に値する。最初の頃は「いつまで続くのやら」と心配したものだが、いろいろな経験を経て人間は強くなるものだと思う。
