バレンタインの日(後)(2018/02/23)
会議は18時半ごろには終わったので、そのまま品川プリンスホテルに向かった。以前このホテルは東京出張の時の定宿にしていたが、今回は久しぶりである。外国人が多くなったのと、パソコンを使うとケーブル代を千円余計に徴収していたのが嫌で(現在はタダ)できるだけ泊まらないことにしていた。思い出してみると1995年(平成7年)1月17日の阪神淡路大震災の時にも筋ジス研究班総合会議でこのホテルに泊まっていた。揺れることはなかったかと思うが、震災のあった5時46分に目が覚めたことを憶えている。最初のテレビ報道では、あんなに大災害が起こっているとは想像できなかった。
以前は一階にあったコンビニが二階に移転しており、そこで夕食を買ってアネックスタワーに向かった。夕食を食べながら、スピードスケート女子1000メートルの小平奈緒選手と高木美帆選手の疾走を見た。結果的には2位、3で金メダルまであと少しだった。小平選手は松本市にある相澤病院所属である。理事長の相澤先生は昨年から日本病院会の会長(南風病院もこの組織に属しており、私は医療安全対策委員長である)の職にあるが、この病院には親友の近藤先生も昨年から働いておられる。小平選手は信州大学の出身であるが、卒業して職が見つからない時に手を差し伸べてくれたのが相澤病院だった。結城コーチと病院のスタッフとが知り合いだったことや、小平選手が病院でリハビリを受けていたという縁もあったという。「長野の人が長野で五輪を目指したいと言っているのに、どうして長野の企業はできないの。みんなができないなら僕がやるよと」と思われたそうである。でもオリンピックで金や銀メダルを取るとは当時は思っていなかっただろう。
翌朝は5時から開店しているカフェレストラン24で朝食を食べたが、以前よりワンランク上の感じで美味しかった。羽田東急駅に向かい、快速に乗れたので6時前には空港に着くことができた。売店で久しぶりに「文芸春秋(三月特別号)」を買った。先日の旧一内科の開講記念会の時に、隣の席の今村健三郎先生が「同級生交歓欄に出ています(ラサール高校かな?)」と言われたが、2月号だったのか載っていなかった。
ただこの号には、芥川賞の二つの受賞作が全文掲載されていた。特に若竹千佐子さんの「おらおらでひとりいぐも」は読みたいと思っていたので好都合だった。インタビューで「いま日本の社会は老いをプラスにとらえていませんよね。少子高齢化、医療など社会保障費の増加、認知症になったらどうしようという不安。そういう面ばかりが強調されているような気がします。確かに不安や肉体的な衰えはあると思います。でも若い時は『嬉しい』『悲しい』など、その瞬間、瞬間で感情が揺れることが多かったのに、歳を重ねると喜怒哀楽や物事の良し悪しを長いスパンで味わったり、洞察できるようになります。それにいくつになっても、新しく何かが分ることって楽しいものです」と話されているが、含蓄のある言葉である。
帰りの飛行機は定刻より10分ほど早く着いて、高速を飛ばしたこともあって予定より30分近く早くて9時半には病院に着くことができた。そのため朝の健診も滞りなく済ませることができた。
以前は一階にあったコンビニが二階に移転しており、そこで夕食を買ってアネックスタワーに向かった。夕食を食べながら、スピードスケート女子1000メートルの小平奈緒選手と高木美帆選手の疾走を見た。結果的には2位、3で金メダルまであと少しだった。小平選手は松本市にある相澤病院所属である。理事長の相澤先生は昨年から日本病院会の会長(南風病院もこの組織に属しており、私は医療安全対策委員長である)の職にあるが、この病院には親友の近藤先生も昨年から働いておられる。小平選手は信州大学の出身であるが、卒業して職が見つからない時に手を差し伸べてくれたのが相澤病院だった。結城コーチと病院のスタッフとが知り合いだったことや、小平選手が病院でリハビリを受けていたという縁もあったという。「長野の人が長野で五輪を目指したいと言っているのに、どうして長野の企業はできないの。みんなができないなら僕がやるよと」と思われたそうである。でもオリンピックで金や銀メダルを取るとは当時は思っていなかっただろう。
翌朝は5時から開店しているカフェレストラン24で朝食を食べたが、以前よりワンランク上の感じで美味しかった。羽田東急駅に向かい、快速に乗れたので6時前には空港に着くことができた。売店で久しぶりに「文芸春秋(三月特別号)」を買った。先日の旧一内科の開講記念会の時に、隣の席の今村健三郎先生が「同級生交歓欄に出ています(ラサール高校かな?)」と言われたが、2月号だったのか載っていなかった。
ただこの号には、芥川賞の二つの受賞作が全文掲載されていた。特に若竹千佐子さんの「おらおらでひとりいぐも」は読みたいと思っていたので好都合だった。インタビューで「いま日本の社会は老いをプラスにとらえていませんよね。少子高齢化、医療など社会保障費の増加、認知症になったらどうしようという不安。そういう面ばかりが強調されているような気がします。確かに不安や肉体的な衰えはあると思います。でも若い時は『嬉しい』『悲しい』など、その瞬間、瞬間で感情が揺れることが多かったのに、歳を重ねると喜怒哀楽や物事の良し悪しを長いスパンで味わったり、洞察できるようになります。それにいくつになっても、新しく何かが分ることって楽しいものです」と話されているが、含蓄のある言葉である。
帰りの飛行機は定刻より10分ほど早く着いて、高速を飛ばしたこともあって予定より30分近く早くて9時半には病院に着くことができた。そのため朝の健診も滞りなく済ませることができた。
