北国紀行(5)(2018/02/07)
シゲは回想の中で、父の思い出を次のように書いている。
ふっと
「賢治も、なんぼか詩を読めたったというのかな。『消えてあとない天のがはら・・・』なんて、はかない命を美しくうたったよな」とポツンと申しました。父は死んだわが子、宮沢賢治の“原体剣舞連”の詩をズーッと思いだし、一人心の中で暗唱していたような風でした。
私は思わず、
「お父さん、賢さんの生きている時に、今の一言いってほめてあげればよかったのに」と言いましたら、父は何とも淋しそうに、泣き笑いの顔で、「人には、それぞれの役目があるもんだもや」と申しました・・・
またタクシーで新花巻駅に戻って、そこから盛岡駅に快速列車で40分ほどである。
今日の盛岡でのホテルも、駅前にある東横インに泊まることにした。メンバーだと安いし、サービスの朝食が気に入っている。地元でとれた野菜など使った簡単な婆ちゃん料理だが、素朴で美味しい。
18時半ごろ、嶋森先生と末安民生先生(副学部長で精神看護学会の理事長でもある)が車でホテルまで迎えに来てくれた。末安先生とは初対面だったが、さすがに嶋森先生の眼力、一緒に仕事をしていくには余人をもって替えがたい人物だということがすぐわかった。このお店も末安先生の選んでくれた、魚の美味しいお店というに、嘘偽りはなかった。久しぶりに海鞘(ほや)の刺身もいただくことができた。先生方と話しながら「嶋森さんも頑張っておられる。私も弱気を出していかん」と思うことだった。、「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」の逆バージョンである。
翌朝は盛岡駅9時50分発の仙台行のはやぶさに乗った。全席指定になっており、あいにく座席は満席でデッキに立って仙台まで行くことになった。40分間、車窓からの景色を眺めていたが、屋根には雪は積もっておらず、畑地だけがうっすらと雪に覆われていた。
コインロッカーに荷物を預け、仙台駅から地下鉄で国際会議場まで行って、そこから五十嵐博恵先生のクリニックまで歩いて行こうと思っていた。先生とは嶋森班(医療安全の研究班)以来の友人で、現在、日本病院会の研修会の講師もお願いしている。昨年末に、自身の歯科クリニックの隣接地に、産前・産後ケアハウス「こもれびの恵(さと)」をオープンさせたので、一度実際に伺ってみようと思っていたのである。
先生の考えでは、産前・産後の歯科ケアが、子供の正常な歯列の発達に大きな影響を持つとのことである。また「患者を治す」歯科医療から「患者の生活を守る」歯科医療にシフトすることを目指している。都市部では母親はお婆ちゃんなど相談する人もなくて一人で悩みなどをしょい込むことになる。メンタルヘルスなども含めて、みんなに集いの場所を提供し、支援したいという思いから、この施設を造ったとのことである。施設の中や外回りなど丁寧に説明してもらったが、さすがに細かい部分まで先生の夢が溢れていて、お母さんや子どもたちへの熱い思いが感じられた。
12時半ごろ、駅まで送ってもらうついでに、近くの大崎八幡宮にも連れて行ってもらった。この神社は国宝に指定された社殿を持つ神社で、杜の都・仙台の総鎮守として伊達政宗公をはじめ歴代藩公は もとより、城下の人々から「厄除け・除災招福や必勝・安産」の神として篤く崇敬されてきたものだという。
仙台駅から13時半のはやぶさに乗り、15時過ぎには東京駅に、有楽町から歩いて、作業部会の開かれる厚労省に向かった。会議は「難病に関する留意事項の骨子案」の検討で、16時から18時までで終わった。そこから有楽町の輝咲まで歩いて、旧知の鈴木さんと夕食を楽しんだ。
ふっと
「賢治も、なんぼか詩を読めたったというのかな。『消えてあとない天のがはら・・・』なんて、はかない命を美しくうたったよな」とポツンと申しました。父は死んだわが子、宮沢賢治の“原体剣舞連”の詩をズーッと思いだし、一人心の中で暗唱していたような風でした。
私は思わず、
「お父さん、賢さんの生きている時に、今の一言いってほめてあげればよかったのに」と言いましたら、父は何とも淋しそうに、泣き笑いの顔で、「人には、それぞれの役目があるもんだもや」と申しました・・・
またタクシーで新花巻駅に戻って、そこから盛岡駅に快速列車で40分ほどである。
今日の盛岡でのホテルも、駅前にある東横インに泊まることにした。メンバーだと安いし、サービスの朝食が気に入っている。地元でとれた野菜など使った簡単な婆ちゃん料理だが、素朴で美味しい。
18時半ごろ、嶋森先生と末安民生先生(副学部長で精神看護学会の理事長でもある)が車でホテルまで迎えに来てくれた。末安先生とは初対面だったが、さすがに嶋森先生の眼力、一緒に仕事をしていくには余人をもって替えがたい人物だということがすぐわかった。このお店も末安先生の選んでくれた、魚の美味しいお店というに、嘘偽りはなかった。久しぶりに海鞘(ほや)の刺身もいただくことができた。先生方と話しながら「嶋森さんも頑張っておられる。私も弱気を出していかん」と思うことだった。、「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」の逆バージョンである。
翌朝は盛岡駅9時50分発の仙台行のはやぶさに乗った。全席指定になっており、あいにく座席は満席でデッキに立って仙台まで行くことになった。40分間、車窓からの景色を眺めていたが、屋根には雪は積もっておらず、畑地だけがうっすらと雪に覆われていた。
コインロッカーに荷物を預け、仙台駅から地下鉄で国際会議場まで行って、そこから五十嵐博恵先生のクリニックまで歩いて行こうと思っていた。先生とは嶋森班(医療安全の研究班)以来の友人で、現在、日本病院会の研修会の講師もお願いしている。昨年末に、自身の歯科クリニックの隣接地に、産前・産後ケアハウス「こもれびの恵(さと)」をオープンさせたので、一度実際に伺ってみようと思っていたのである。
先生の考えでは、産前・産後の歯科ケアが、子供の正常な歯列の発達に大きな影響を持つとのことである。また「患者を治す」歯科医療から「患者の生活を守る」歯科医療にシフトすることを目指している。都市部では母親はお婆ちゃんなど相談する人もなくて一人で悩みなどをしょい込むことになる。メンタルヘルスなども含めて、みんなに集いの場所を提供し、支援したいという思いから、この施設を造ったとのことである。施設の中や外回りなど丁寧に説明してもらったが、さすがに細かい部分まで先生の夢が溢れていて、お母さんや子どもたちへの熱い思いが感じられた。
12時半ごろ、駅まで送ってもらうついでに、近くの大崎八幡宮にも連れて行ってもらった。この神社は国宝に指定された社殿を持つ神社で、杜の都・仙台の総鎮守として伊達政宗公をはじめ歴代藩公は もとより、城下の人々から「厄除け・除災招福や必勝・安産」の神として篤く崇敬されてきたものだという。
仙台駅から13時半のはやぶさに乗り、15時過ぎには東京駅に、有楽町から歩いて、作業部会の開かれる厚労省に向かった。会議は「難病に関する留意事項の骨子案」の検討で、16時から18時までで終わった。そこから有楽町の輝咲まで歩いて、旧知の鈴木さんと夕食を楽しんだ。
