Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

3) 「一に人格、二に学問」(2018/04/13) 

九州大学大学院消化器・総合外科(第二外科)教授の前原喜彦氏の最終講義はきわめて示唆に富むものである。(2018年3月27日 m3.com編集部)。
 前原氏は同教室訓だという「一に人格、二に学問」を引用し、「人格を磨き、社会に貢献する外科医へという思いで取り組んでいた」と15年間を振り返えられたという。そして倫理観の高い外科医の育成については、医療人の生涯を「人類への奉仕の生涯」「自分への厳しさが求められる生涯」「休むことのない生涯」の3つで表現し、「医療人は労働者でもあり経営者でもあるが、『守命者=命の番人』としての自覚と社会的な認識が必要」であると説いた。
 「言うことは易く行うは難し」の諺にもあるように、人間言葉通りに実行することは難しいが、医療人として心には留め置くべきことかと思う。
 また、日本で最も古い平安時代の医学書、「医心方」(全33、丹波康頼著、槇佐知子訳)の原文と現代語訳を朗読し、「1000年前の文章とはとても思えないが、また同時に医療の心は1000年経っても変わらないということだと思う」と述べておられる。まさにそのとおりである。
 この「医心方」を読むと、私も「時代は変わっても医の心は変わっていない」ことに驚くと共に、「今こそ医療人はこの言葉をしっかり実践していかなければならない」と思った。
 皆さんにもぜひ紹介しておきたい。
 「医心方」現代語訳
 医師が患者さんの治療にあたるときは、
 必ず心静かに精神を統一し、何かを欲したり
 求めたりすることなく、患者さんを慈しみ、
 いたわる心で、生命あるものを病気から
 救いたいとねんじなければならない。
 もし病気にかかった者が来て救いを求める
 ならば、誰にでも同じような態度で、親が
 子を思うような態度で接しなければならない。
 患者さんの苦悩を見ては、自分の出来事の
 ような気持で慈しみ、辺鄙な場所や嶮しい
 山中だといって患者さんのもとに行くのを
 避けてはならない。疲れていても、空腹でのど
 が渇いていても、一心に赴いて救い、自分の
 利益や名誉を考えてはならない。
 (広島東洋古典医学研究会訳を改変)