南日本新聞シニアなるほどゼミナール(1)(2018/05/22)
「南日本新聞シニアなるほどゼミナール」で講演を頼まれた。これは南日本新聞社の広告営業部の主催で、「健康・終活・資産活用」など、高齢者のさまざまな問題に対処するための「イベント」のようである。「高齢者対象のなんでもあり」ゼミナールで、なかにはプロカメラマンによる遺影撮影体験とか、入棺体験なるものもあるそうだ。
期日は5月10日で、場所はかごしま県民交流センター、講演の朝の部は「元気な時に親子で話しておきたいこと~レビー小体型認知症の母から学んだこと~」と題して理学療法士の有村宣彦さん、昼から落語家の林家彦いち師匠の落語、そして私の講演という段取りになっており、こちらも「なんでもあり」の様相である。
南日本新聞の広告営業部の主催ということもあり、当日まで「これでもか」と思えるくらい、このゼミナールの広告が新聞紙上で行われた。前日の新聞では織り込みの特集広告紙面まで用意されるほどの念の入れようである。これを普通に新聞に載せてもらうとしたら、広告料が何百万もかかっただろう。その点、自前だからタダみたいなものである。
有村さんと私の部は先着300名で、彦いち師匠の部は事前申し込み150名で、当日受付が150名となっている。事前申し込みで150名をすぐに超えたようで、抽選に外れた家内の友人から「どうにかならないでしょうか」というお願いまで受けることになった。
当日は快晴の青空で、私はたまたま運のいいことにPET検診が器械の点検で休診となっていたので、彦いち師匠(私と同じ南日本新聞の「すいもあまいも」を担当)の落語も聴けることになった。会場の交流センターに着くと、一階のロビーには看護学生と思われる人たちの姿を多く見かけた。何だろうかと思ったら、大ホールで「看護の日」のイベントも同時に行われていたのである。受付の所で難病相談支援センターの初代の副所長だった原田さんとも会うことができた。看護職員など長年尽力してきた12人が知事表彰を受けたということを翌日の新聞で知った。
エレベーターで2階に上がると、多くの高齢者でロビーは溢れ返っている。さまざまな高齢者向けの相談コーナー、補聴器やメガネ店の出店、生活サポート用品コーナー、棺桶に入ってみる入棺体験まで用意されている。ロビーを歩いていると、知り合いの患者さんや南九州病院時代の患者さんのお母さんにも声をかけられる。いつものことだが、名前を思い出せない人もいる。
南日本新聞の担当者に控室まで案内されたので、「彦いち師匠にお会いできますか」とお願いすると、「ちょっと伺ってきます」と隣の控室に行かれた。「今、着替え中ですがどうぞということです」と言われるので部屋に入ってみると、ちょうど高座用の羽織を着ているところだった。お会いするのは初めてだったが、同じ「すいもあまいも」仲間だったこともあって、旧知の人のような親しみがもって接することができた。
期日は5月10日で、場所はかごしま県民交流センター、講演の朝の部は「元気な時に親子で話しておきたいこと~レビー小体型認知症の母から学んだこと~」と題して理学療法士の有村宣彦さん、昼から落語家の林家彦いち師匠の落語、そして私の講演という段取りになっており、こちらも「なんでもあり」の様相である。
南日本新聞の広告営業部の主催ということもあり、当日まで「これでもか」と思えるくらい、このゼミナールの広告が新聞紙上で行われた。前日の新聞では織り込みの特集広告紙面まで用意されるほどの念の入れようである。これを普通に新聞に載せてもらうとしたら、広告料が何百万もかかっただろう。その点、自前だからタダみたいなものである。
有村さんと私の部は先着300名で、彦いち師匠の部は事前申し込み150名で、当日受付が150名となっている。事前申し込みで150名をすぐに超えたようで、抽選に外れた家内の友人から「どうにかならないでしょうか」というお願いまで受けることになった。
当日は快晴の青空で、私はたまたま運のいいことにPET検診が器械の点検で休診となっていたので、彦いち師匠(私と同じ南日本新聞の「すいもあまいも」を担当)の落語も聴けることになった。会場の交流センターに着くと、一階のロビーには看護学生と思われる人たちの姿を多く見かけた。何だろうかと思ったら、大ホールで「看護の日」のイベントも同時に行われていたのである。受付の所で難病相談支援センターの初代の副所長だった原田さんとも会うことができた。看護職員など長年尽力してきた12人が知事表彰を受けたということを翌日の新聞で知った。
エレベーターで2階に上がると、多くの高齢者でロビーは溢れ返っている。さまざまな高齢者向けの相談コーナー、補聴器やメガネ店の出店、生活サポート用品コーナー、棺桶に入ってみる入棺体験まで用意されている。ロビーを歩いていると、知り合いの患者さんや南九州病院時代の患者さんのお母さんにも声をかけられる。いつものことだが、名前を思い出せない人もいる。
南日本新聞の担当者に控室まで案内されたので、「彦いち師匠にお会いできますか」とお願いすると、「ちょっと伺ってきます」と隣の控室に行かれた。「今、着替え中ですがどうぞということです」と言われるので部屋に入ってみると、ちょうど高座用の羽織を着ているところだった。お会いするのは初めてだったが、同じ「すいもあまいも」仲間だったこともあって、旧知の人のような親しみがもって接することができた。
