成人力(後)(2018/05/18)
江戸末期に日本を訪れた外国人が驚いたことは、日本人の識字率の高さ(90%を超えていた)だったと書かれている。その大きな理由が全国各地に設けられた寺子屋であり、退役した武士たちが半ばボランティアとして、子どもたちに教育していたからに他ならない。びっくりするのは寺子屋の数で、現在の日本の小学校の数に等しかったという。
浅田さんの分析では、このようなことが可能になったのは、当時日本が島国政策をとり外国からの侵略に備える必要がなかったこと、国土の大半が山で占められ人の住める場所は限られていたためだとしている。その結果、現在の日本列島と同様に海の近くの平野部に集中して人が住んでいたので、このような教育が可能だったのではないかと分析している。例えばオーストラリアのような国土だと、人がばらばらに点在して住んでいるので、子どもたちを集めて教育することは不可能に近い。
考えてみれば維新後のわずか30年ちょっとで、日本が曲がりなりにも文明国の仲間入りができたこと、そしてロシアのような当時の先進国に列して戦うことが出来たのは、この識字率の高さが根底にあったからではないだろうか。
そして「教養度が高かった明治時代に比べると、近ごろ日本人が少しずつ子どもっぽくなった気がする・・・・若返るというのは、いい方を変えればバカになるということでもある」と結論している。
話は変わるが、2004年(平成16年)に国立病院・療養所が独立行政法人国立病院機構に生まれ変わった。この時、それまでの赤字体質を一掃して、健全経営への道筋をつけたのが矢崎義雄理事長で、私は毎月、駒沢オリンピック公園の近くの機構本部で開催されていた理事会に審議役として出席していた。その矢崎理事長が8年後に退官されることになり、目黒の雅叙園で送別会が開かれた。
矢崎先生は次のようなお別れの挨拶をされた。
私は8年前に何の準備もなく機構の理事長に就任しましたが、以降ただ機構を財務的にも運営的にもしっかりした組織にするためにひたすら働いてきました。やったことといえば、その時々に生じた課題を、一つ一つ丁寧に解決するために努力してきたということです。幸い国立病院機構には、潜在的には優秀な人材が多く、これによく答えてくれました。私はただ普通のことをやってきただけです。
私は江戸っ子だからか理不尽なことには黙っておれない性分で、それをただすために厚労省や時には財務省の役人にもモノを申してきました。利益処分や公経済負担の問題もその一つです。そのためかどうも役人には、「扱いにくい理事長」と思われていたようです。
また病院は看護の力が非常に大きいと以前より感じていました。そこで医師の行なっていた医療行為を、一定の条件で病院内でできる高度で専門的な臨床能力を有する看護師の養成(特定看護師)を始めました・・・。
矢崎先生の言われる「その時々に生じた課題を、一つ一つ丁寧に解決するために努力」こそ、成人力そのものだと思う。
浅田さんの分析では、このようなことが可能になったのは、当時日本が島国政策をとり外国からの侵略に備える必要がなかったこと、国土の大半が山で占められ人の住める場所は限られていたためだとしている。その結果、現在の日本列島と同様に海の近くの平野部に集中して人が住んでいたので、このような教育が可能だったのではないかと分析している。例えばオーストラリアのような国土だと、人がばらばらに点在して住んでいるので、子どもたちを集めて教育することは不可能に近い。
考えてみれば維新後のわずか30年ちょっとで、日本が曲がりなりにも文明国の仲間入りができたこと、そしてロシアのような当時の先進国に列して戦うことが出来たのは、この識字率の高さが根底にあったからではないだろうか。
そして「教養度が高かった明治時代に比べると、近ごろ日本人が少しずつ子どもっぽくなった気がする・・・・若返るというのは、いい方を変えればバカになるということでもある」と結論している。
話は変わるが、2004年(平成16年)に国立病院・療養所が独立行政法人国立病院機構に生まれ変わった。この時、それまでの赤字体質を一掃して、健全経営への道筋をつけたのが矢崎義雄理事長で、私は毎月、駒沢オリンピック公園の近くの機構本部で開催されていた理事会に審議役として出席していた。その矢崎理事長が8年後に退官されることになり、目黒の雅叙園で送別会が開かれた。
矢崎先生は次のようなお別れの挨拶をされた。
私は8年前に何の準備もなく機構の理事長に就任しましたが、以降ただ機構を財務的にも運営的にもしっかりした組織にするためにひたすら働いてきました。やったことといえば、その時々に生じた課題を、一つ一つ丁寧に解決するために努力してきたということです。幸い国立病院機構には、潜在的には優秀な人材が多く、これによく答えてくれました。私はただ普通のことをやってきただけです。
私は江戸っ子だからか理不尽なことには黙っておれない性分で、それをただすために厚労省や時には財務省の役人にもモノを申してきました。利益処分や公経済負担の問題もその一つです。そのためかどうも役人には、「扱いにくい理事長」と思われていたようです。
また病院は看護の力が非常に大きいと以前より感じていました。そこで医師の行なっていた医療行為を、一定の条件で病院内でできる高度で専門的な臨床能力を有する看護師の養成(特定看護師)を始めました・・・。
矢崎先生の言われる「その時々に生じた課題を、一つ一つ丁寧に解決するために努力」こそ、成人力そのものだと思う。
