白内障の手術(5)(2018/05/14)
27日の朝、師長さんとは異なる看護師さんが6時半ごろに来られて、前回同様に絆創膏をはがしてくれる。すっきりしたが、視力の方はすっきりとはいかなかった。近いところは鮮明に見えるが、遠方はぼやっとした近視状態であり、以前のメガネは全然合わなくなっている。歩く時にもメガネがない方が歩きやすい。
8時過ぎに2階で視力検査をされたが、良かった方の右眼の視力の回復が思わしくない。術前は矯正で0.8あったのに、0.5に落ちている。馬渡先生の診察では特に問題はなく、浮腫などがとれるまで、しばらく時間が必要だということのようである。
病院で、いつものように仕事をする。何人かから「どうですか」と声をかけられる。「50センチの近距離では小じわまで鮮明に見えるのですが、あんまり寄り過ぎると、今はやりのセクハラにされてしまいそうで。離れていると、ぼやっとしておばさんにしか見えない」
と言ってしまって、怒られる。
お昼過ぎには、久し振りに福岡かつよさんが訪ねて来てくれた。福岡さんは南九州病院時代、院長だった故川嶋先生と二人三脚で活動していた南九州医療福祉研究会の事務局を一手に引き受けてくれていた女性である。5年ほど前にマナーとコミュニケーションの会社「ラ・ポール」を立ち上げ、今や事務所を東京の丸の内に構えて、「笑顔」と「感謝」、一期一会の接遇に磨きをかける、をモットーに大活躍の日々を送っておられる。川嶋先生や当時の思い出話に花が咲いたが、肩の力もとれて、一段ステップアップした印象を受けた。
夕方の管理会議で次のようなことを話した。
「人間、経験してみないと分らないものですね。白内障の手術で、全てがバラ色の世界になるというのは嘘です。今朝の私の履歴書でジャパネットたかたの高田さんは次のように書いていました。当時勤めていた社長とイタリアをバスで移動中、居眠りしていた高田さんに『高田君、バスの車窓から眺めることも人生の勉強なんだよ』と。何事にも関心を持って生きるほど、豊かな人生を送れるのではないかと思ったそうです。私たちは日常の医療の中でさまざまな経験をしていくわけですが、辛いことを含めて何事も経験して初めてわかることも多いですし、無駄な経験はないように思います」
28日は土曜日、いつものように病院に向かったが、メガネなしに歩いた。まさに中学以来の出来事になる。9時過ぎに井後眼科に向かった。しばらく待合室で待った後、視力検査、左右とも少しずつ視力は回復しており、取りあえずのメガネが必要になったので、そのための視力検査も同時にしてもらう。熊大から来られたという非常勤の医師の診察を受けた後、師長さんが隣のメガネ店に連れて行ってくれた。幸い、フレームはそのままで仮の安いメガネを作ることができた。完全にはフィットしたとは言えないが、取りあえず車の運転もできそうである。そのまま市立美術館でホキ美術展を鑑賞したが、写実絵画の細密画が細部までよくみえて、「手術した甲斐があるもんだ」とやっと実感できた。
4月29日、右眼の術後3日目である。晴れて洗顔が許されたので、馴染みの理髪店で散髪もしてもらった。スッキリくっきりで、私の白内障手術記を終わりとする。
8時過ぎに2階で視力検査をされたが、良かった方の右眼の視力の回復が思わしくない。術前は矯正で0.8あったのに、0.5に落ちている。馬渡先生の診察では特に問題はなく、浮腫などがとれるまで、しばらく時間が必要だということのようである。
病院で、いつものように仕事をする。何人かから「どうですか」と声をかけられる。「50センチの近距離では小じわまで鮮明に見えるのですが、あんまり寄り過ぎると、今はやりのセクハラにされてしまいそうで。離れていると、ぼやっとしておばさんにしか見えない」
と言ってしまって、怒られる。
お昼過ぎには、久し振りに福岡かつよさんが訪ねて来てくれた。福岡さんは南九州病院時代、院長だった故川嶋先生と二人三脚で活動していた南九州医療福祉研究会の事務局を一手に引き受けてくれていた女性である。5年ほど前にマナーとコミュニケーションの会社「ラ・ポール」を立ち上げ、今や事務所を東京の丸の内に構えて、「笑顔」と「感謝」、一期一会の接遇に磨きをかける、をモットーに大活躍の日々を送っておられる。川嶋先生や当時の思い出話に花が咲いたが、肩の力もとれて、一段ステップアップした印象を受けた。
夕方の管理会議で次のようなことを話した。
「人間、経験してみないと分らないものですね。白内障の手術で、全てがバラ色の世界になるというのは嘘です。今朝の私の履歴書でジャパネットたかたの高田さんは次のように書いていました。当時勤めていた社長とイタリアをバスで移動中、居眠りしていた高田さんに『高田君、バスの車窓から眺めることも人生の勉強なんだよ』と。何事にも関心を持って生きるほど、豊かな人生を送れるのではないかと思ったそうです。私たちは日常の医療の中でさまざまな経験をしていくわけですが、辛いことを含めて何事も経験して初めてわかることも多いですし、無駄な経験はないように思います」
28日は土曜日、いつものように病院に向かったが、メガネなしに歩いた。まさに中学以来の出来事になる。9時過ぎに井後眼科に向かった。しばらく待合室で待った後、視力検査、左右とも少しずつ視力は回復しており、取りあえずのメガネが必要になったので、そのための視力検査も同時にしてもらう。熊大から来られたという非常勤の医師の診察を受けた後、師長さんが隣のメガネ店に連れて行ってくれた。幸い、フレームはそのままで仮の安いメガネを作ることができた。完全にはフィットしたとは言えないが、取りあえず車の運転もできそうである。そのまま市立美術館でホキ美術展を鑑賞したが、写実絵画の細密画が細部までよくみえて、「手術した甲斐があるもんだ」とやっと実感できた。
4月29日、右眼の術後3日目である。晴れて洗顔が許されたので、馴染みの理髪店で散髪もしてもらった。スッキリくっきりで、私の白内障手術記を終わりとする。
