すいもあまいも(2018/06/11)
10日の相談に対して、いくつかメールを頂いた。
今日の「すいもあまいも」、時代を考えさせられる相談でしたね。自分の事は棚にあげての考えですが、夫が要介護になった時は自宅で看たいと思っている私です。よく考えてみるとそう遠い問題では無いように思えるのです。どっちが先のことかわかりませんが、私がボケて徘徊を始めたときはすぐ適当な施設にいれるように娘には話しております。
(でも私たち団塊の相談が、その時には、施設があるのか心配ですね)。
相談者(100歳超の母入院 在宅介護難しい)
100歳を超えた母が自宅で転倒し、大けがをして入院中です。自分で立つことも座ることもできないのですが、自宅に帰りたいと譲りません。同居していた妹をはじめ近くに住む姉妹3人とも70代で、在宅介護を続けるのは難しいと思います。施設に入れた方がいいと思うのですが、嫌がる母を無理矢理入れるのは気が引けて悩んでいます。(70代女性)
回答者(社会資源使い在宅を試しては)
超高齢社会を迎えて、同じような悩みを抱える家族が増えました。入院や入所すると家族は安心できますが、体を使わないことで本人の心身の機能が低下する恐れがあります。さまざまな症状が現れる「廃用症候群」になって、認知症が進むのは必至です。本人に「家で過ごしたい」という強い意志があるのでしたら、訪問医療や看護・介護などの社会資源を活用して、自宅で療養する道を考えてみてはどうですか。
この方の場合、同居していた方をはじめ、2人の娘さんも近くに住んでいるという、幸運に恵まれています。100歳まで自宅で元気に過ごされたのは、これまでの家族の慈しみの賜でしょう。
けがが治り、一通りのリハビリも終わったら、家に帰る体験などをされるのも一つの方法です。全てが完璧という訳にはいきませんので、それなりの「折り合い」をつけることが大切です。
寝たきりにさせては元も子もありません。周りの声掛けやリハビリが大切で、健やかな日が少しでも長く続かれることを願っています。
先日、終活の講演で「自分らしい最期を迎えるために、元気な今こそ死生観を持とう」と話しました。具体的には、最期を迎える場所(家か施設か)と死に方(延命治療など)です。
死は誰にも遅かれ早かれ訪れます。死と向き合うことは今をどう生きるか、人生を前向きに生きることにつながります。家族みんなで話し合っておくことが大事です。
今日の「すいもあまいも」、時代を考えさせられる相談でしたね。自分の事は棚にあげての考えですが、夫が要介護になった時は自宅で看たいと思っている私です。よく考えてみるとそう遠い問題では無いように思えるのです。どっちが先のことかわかりませんが、私がボケて徘徊を始めたときはすぐ適当な施設にいれるように娘には話しております。
(でも私たち団塊の相談が、その時には、施設があるのか心配ですね)。
相談者(100歳超の母入院 在宅介護難しい)
100歳を超えた母が自宅で転倒し、大けがをして入院中です。自分で立つことも座ることもできないのですが、自宅に帰りたいと譲りません。同居していた妹をはじめ近くに住む姉妹3人とも70代で、在宅介護を続けるのは難しいと思います。施設に入れた方がいいと思うのですが、嫌がる母を無理矢理入れるのは気が引けて悩んでいます。(70代女性)
回答者(社会資源使い在宅を試しては)
超高齢社会を迎えて、同じような悩みを抱える家族が増えました。入院や入所すると家族は安心できますが、体を使わないことで本人の心身の機能が低下する恐れがあります。さまざまな症状が現れる「廃用症候群」になって、認知症が進むのは必至です。本人に「家で過ごしたい」という強い意志があるのでしたら、訪問医療や看護・介護などの社会資源を活用して、自宅で療養する道を考えてみてはどうですか。
この方の場合、同居していた方をはじめ、2人の娘さんも近くに住んでいるという、幸運に恵まれています。100歳まで自宅で元気に過ごされたのは、これまでの家族の慈しみの賜でしょう。
けがが治り、一通りのリハビリも終わったら、家に帰る体験などをされるのも一つの方法です。全てが完璧という訳にはいきませんので、それなりの「折り合い」をつけることが大切です。
寝たきりにさせては元も子もありません。周りの声掛けやリハビリが大切で、健やかな日が少しでも長く続かれることを願っています。
先日、終活の講演で「自分らしい最期を迎えるために、元気な今こそ死生観を持とう」と話しました。具体的には、最期を迎える場所(家か施設か)と死に方(延命治療など)です。
死は誰にも遅かれ早かれ訪れます。死と向き合うことは今をどう生きるか、人生を前向きに生きることにつながります。家族みんなで話し合っておくことが大事です。
