札幌での神経学会総会(2)(2018/06/06)
ところで私と渡辺さんとの出会いのきっかけは、先ほどの「夜バナ」の中に、拙著「難病と生きる(1999年)」を紹介してもらい、引用してもらったことに始まる。また当時私は厚労省の筋ジス研究班の班長をしていたが、その研究班幹事に渡辺さんと交遊のあった河原先生(当時松江病院)や石川先生(八雲病院)がおられたということも伏線となっている。
また2003年に、私が「Japan Clipping Today」という研修医向けの月刊誌に「夜バナ」の書評を書き、一方2004年には私の著書の「病む人に学ぶ」(日総研出版)の出版の時に、渡辺さんに推薦文を書いてもらったこともあった。また札幌で学会があった時には薄野で飲んだり、東京出張の折り(早く本を出すようにとの思いで、叱る会を催したり)に食事したり、渡辺さんも鹿児島に遊びに来られたこともある。
今回、学会で出張の折、札幌でお会いしたいというメールを送り、ついでに「夜バナ」の映画化(筋ジス病棟に入院中の山田君が教えてくれた)についても触れていたら、下記のようなメールをもらった。
5月23日、札幌でお会いできるとのことうれしいです。ぜひ。映画化の件ですが、最初に話をいただいたのは3年くらい前のことで、これまで、何度もポシャる感じではあったのですが、今年に入って急に話が具体化してしまい、私も驚いています。ただし、上がってきたシナリオを読む限りでは、現実とは似ても似つかないストーリーで、大衆受けをねらった陳腐な恋愛ストーリーとしか思えず、当事者の方々に迷惑かけないか冷や汗ものです。私は映画のことはよくわからないし、よけいな口をはさむ気もないのですが、できれば、あんまり客も入らず、話題にもならず、静かに消えていってほしいというのが正直な心境です。どうなることやらです。では。
そんなわけで、渡辺さんが23日の18時に私の宿泊している札幌駅近くのパールシティホテルに迎えに来てくれた。そして今夜の飲み方に、嬉しいことにサプライズで駒井先生(NHO医王病院の院長で、昨年難病医療ネットワーク学会が金沢市で開催されたときに、浅野川河畔の料亭で素晴らしいご馳走に甘んじた)も同席してくれることになったのである。駒井先生とは事前に約束していたわけではなかったが、新千歳駅で偶然に見かけたので声を掛けたところ、特に計画もないので同行してくれることとなった。私が快速エアポートのチケットを買った後に尿意を催おさなければ(トイレを探していた)、駒井先生と出会うことはなかったことになる。
また2003年に、私が「Japan Clipping Today」という研修医向けの月刊誌に「夜バナ」の書評を書き、一方2004年には私の著書の「病む人に学ぶ」(日総研出版)の出版の時に、渡辺さんに推薦文を書いてもらったこともあった。また札幌で学会があった時には薄野で飲んだり、東京出張の折り(早く本を出すようにとの思いで、叱る会を催したり)に食事したり、渡辺さんも鹿児島に遊びに来られたこともある。
今回、学会で出張の折、札幌でお会いしたいというメールを送り、ついでに「夜バナ」の映画化(筋ジス病棟に入院中の山田君が教えてくれた)についても触れていたら、下記のようなメールをもらった。
5月23日、札幌でお会いできるとのことうれしいです。ぜひ。映画化の件ですが、最初に話をいただいたのは3年くらい前のことで、これまで、何度もポシャる感じではあったのですが、今年に入って急に話が具体化してしまい、私も驚いています。ただし、上がってきたシナリオを読む限りでは、現実とは似ても似つかないストーリーで、大衆受けをねらった陳腐な恋愛ストーリーとしか思えず、当事者の方々に迷惑かけないか冷や汗ものです。私は映画のことはよくわからないし、よけいな口をはさむ気もないのですが、できれば、あんまり客も入らず、話題にもならず、静かに消えていってほしいというのが正直な心境です。どうなることやらです。では。
そんなわけで、渡辺さんが23日の18時に私の宿泊している札幌駅近くのパールシティホテルに迎えに来てくれた。そして今夜の飲み方に、嬉しいことにサプライズで駒井先生(NHO医王病院の院長で、昨年難病医療ネットワーク学会が金沢市で開催されたときに、浅野川河畔の料亭で素晴らしいご馳走に甘んじた)も同席してくれることになったのである。駒井先生とは事前に約束していたわけではなかったが、新千歳駅で偶然に見かけたので声を掛けたところ、特に計画もないので同行してくれることとなった。私が快速エアポートのチケットを買った後に尿意を催おさなければ(トイレを探していた)、駒井先生と出会うことはなかったことになる。
