Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

札幌での神経学会総会(1)(2018/06/05) 

日本神経学会が札幌市で開催されることになり、東京経由で空路、札幌に行くことになった。23日の朝、9時15分に鹿児島空港を飛び立ち、羽田で一時間ほどの乗り継ぎ待ち、札幌便に乗り換えて千歳空港に着いたのが13時40分である。昔は東亜国内航空の鹿児島札幌便という直行便なるものがあったのだが。
 今回の旅費、九州からの東京・北海道ツアーというもので取ってもらったが、2泊(確かにホテルはさほどよくなかったが、便利な場所にあり)で全てを含んで5万5千円ほどである。予定がはっきりしていて、変更することがなければ安い料金体系に限る。
 さて北海道には今まで何度か旅行したことがある。最初の事はよく覚えているもので、留学から帰国した翌年(1985年)、北大脳外科の都留教授が学会長で神経学会が開催された。三内科の医局からは井形先生も含めて大勢の医局員が参加したが、学会の合間にローズガーデンを訪ねたり、サッポロビール園でジンギスカン料理を飲んだことを懐かしく思い出す。あの頃はみんな若かった。
 その他には北海道の思い出といえば、2001年に神経学会の「ALS治療ガイドライン小委員会」が支笏湖のホテルで開催された(この時代、旅費は学会持ちだったかと思うが、優雅な時代だったのだなあ)こと、また正確な日時は忘れたがNHO八雲病院での講演に招かれた(石川悠加先生に)ことがある。北海道厚生局長だった上田さんにお会いした後、車で迎えに来てくれていた八雲病院の公用車で、北海道の大地のドライブを楽しんだ。病院では当時はまだ珍しかった非侵襲的陽圧換気療法も教えてもらった。宿は銀婚湯という温泉旅館で、雪の中の露天風呂にびっくりしたものである。
 さて今回の札幌行きでは、旧知の渡辺一史さんに会うことができるのも楽しみの一つであった。渡辺さんをウキペディア風に紹介すると、1968年に名古屋市の生まれで、その後、大阪の豊中で育つ。大阪府立北野高等学校卒業し、北海道大学文学部行動科学科を中退後、北海道内を中心に活動するフリーライターとなる。道内市町村・郷土関係の出版物などに多くの共同執筆作をもつ一方、ノンフィクション作品の取材執筆活動を続けている。風貌的には、故内田康夫の描く浅見光彦といった感じである。探偵はしないが、同じルポライターである。
 寡作の典型みたいな作家(自分で100%納得しないと本にしない )で、「こんな夜更けにバナナかな」(第35回大宅壮一ノンフィクション賞、第25回 講談社ノンフィクション賞)と「北の無人駅から」(第12回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、第34回サントリー学芸賞、第26回地方出版文化功労賞(第26回)が代表作である。作品数のわりには、驚くほどの立派な賞を多数受賞している。