Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

武士の家計簿(2018/07/27) 

誕生日プレゼントに、「武士の家計簿」(新潮新書、2013年)と「素顔の西郷隆盛』(新潮新書、2018年)をもらったが、いずれも磯田道史氏の作品である。
 磯田氏といえば、小学校のころからの歴史(古文書)オタクで、昂じて歴史研究者として有名である。現在は「英雄たちの選択」というテレビ番組で、明快で斬新なスタイルの司会で、お茶の間でもそのファンは多いと聞いている。先日の南日本新聞の人生相談で、「オタクで困っている」という父親からの相談を受けたが、オタクも徹すれば時には大成するという好例である。
 ところで「武士の家計簿」は2003年(平成15年)に第2回新潮ドキュメント賞を受賞し、2010年(平成22年)には森田芳光監督によって『武士の家計簿』として映画化された。
 「はしがき」に、「武士の家計簿」を執筆することになった金沢藩士猪山家文書の発見の経緯が書かれている。
 磯田氏は2001年の夏に、偶然に神田神保町の古書店で15万円で手にしたという。「同好の士」や歴史研究者宛に郵送されてくる「古文書販売目録」に、「金沢藩楮山家文書 入拂帳・給禄証書・明治期書状他 天保~明治 一函 十五万円」という古文書の写真を見た時に、「これは武士の家計簿かもしれない」と直感したというからさすがである。思惑通り家計簿には、1842年から1879年までの37年にわたる猪山家の出納の様子が克明に記されていた。
 その日から古文書との葛藤が始まった。読み解くうちに猪山家がすでに幕末から明治、大正の時点で、金融破たん、地価下落、リストラ、教育問題、利権と収賄、報道被害など、現在のわれわれが直面しているような問題を全て経験していることに驚いたという。
 磯田氏は学生時代、「歴史とは過去と現在のキャッチボール」であるという言葉に感動し、この本で「ある一つの経済体制が大きく崩壊するとき、人々はどのように生きるのか」というボールを過去に向かって投げ、「明治の人はどうしていたのか」という回答をこの本に著そうと思ったそうである。
 私にとって面白かったのは、末尾に書かれていた次の項である。
 大久保利通が明治11年に紀尾井坂で暗殺されたが、斬ったのが政府に不満を持つ石川県士族だったことである。その首謀者の島田一良の遺書には、長男に学問させ、海軍に入れるように書いてあったという。彼ら不平士族にとって猪山家はうらやましい存在だった。ところが処刑された島田らの遺体を市ヶ谷監獄に引き取りに行ったのは、猪山成之であった。薩摩閥の海軍にあって、この行為は経歴にひびく。それでも成之は行った。気骨のある人物である。