東京2往復(1)(2018/07/02)
6月20日から22日にかけて、東京に2往復することになった。南九州病院時代は日常の出来事だったが、最近では珍しい。2泊すれば一往復で済むわけだが、21日の朝は病院で、健診の内科診察と結果説明をしようと思ったのである。
さて20日、日帰りの18時5分過ぎ、羽田空港を離陸してすぐに機長から「鹿児島空港周辺で霧が発生しているという報告ですので、もし着陸できない場合には東京に引き返すことも考えられます」という報告である。梅雨前線の雲中の飛行なので、時々大きく揺れている。定番の「大きく揺れましても飛行の安全には支障はありませんので、ご安心ください」という搭乗員からのアナウンスがあるが、それでも時々不安になる。窓際の座席なので外はよく見えるのだが、真っ白い雲に遮られて何も見えない。
さて今回の出張は、20日15時からTKP赤坂ホール14階で行われ、第一部は厚労省の難病対策委員会と小児慢性特定疾患児への支援の在り方に関する専門委員会の合同委員会、第二部は難病対策委員会となっていた。第一部では、指定難病患者のデータベースと小児慢性特定疾病児童等データベースの当面の利活用の在り方が議論された。現在、それぞれの病院では難病指定を受けるための指定医による臨床個人調査票への書き込みが行われ、厚労省に送られて膨大なデータが蓄積されつつある。そのデータを科学の進歩や創薬などに利用したいわけだが、個人情報保護という問題があり事は簡単には進まない。結局、有識者会議の議論に委ねることとなった。
第二部は16時30分に始まり、患者からの申し出等を起点とした指定難病の検討と、経過措置終了後の特定医療費の支給認定の状況が報告された。この頃になって、私は帰りの飛行機の運航が気になっていた。最終便の19時10分発を予約してあったのだが、ネットでは鹿児島県地方は豪雨となっており、一便でも早い便の方が安全に思えてきた。そこで委員会終了予定の10分ほど前に、会場を後にした。
翌朝のNHKテレビでは、難病対策委員会の模様が写しだされていた。私も千葉委員長の横にちょこっとうつっていたようで、東京の世田谷に住んでおられる患者さんから電話を頂いた。さて経過措置終了後の認定状況では72万7千人のうち、引き続き認定が57万7千人(79.4%)で、このうち重症度分類を満たしての認定が44万5千人(61.2%)、軽症高額認定が13万2千人であった。一方、不認定が8万4千人(11.6%)、申請なしが6万4千人(8.8%)となっていた。
新しい難病法創設を議論していたとき、限られた財源の中で公平性と信頼性を担保することを主眼にした。そのためには指定難病の数を拡大(56疾患から現在では331疾患に)する代わりに、全疾患に重症度分類を導入した。また診断の信頼性を確保するために、難病を診断できる指定医制度も導入している。このため軽症者は医療補助の対象から除外されることとなったが、軽症でも高額の医療費を必要とする場合には軽症高額認定という制度を導入した。財源が確保できればこのようなややっこしい仕組みは不要となるわけだが、委員会では「限られた財源」という枠の中で考えざるを得ない。悩ましい所である。
さて20日、日帰りの18時5分過ぎ、羽田空港を離陸してすぐに機長から「鹿児島空港周辺で霧が発生しているという報告ですので、もし着陸できない場合には東京に引き返すことも考えられます」という報告である。梅雨前線の雲中の飛行なので、時々大きく揺れている。定番の「大きく揺れましても飛行の安全には支障はありませんので、ご安心ください」という搭乗員からのアナウンスがあるが、それでも時々不安になる。窓際の座席なので外はよく見えるのだが、真っ白い雲に遮られて何も見えない。
さて今回の出張は、20日15時からTKP赤坂ホール14階で行われ、第一部は厚労省の難病対策委員会と小児慢性特定疾患児への支援の在り方に関する専門委員会の合同委員会、第二部は難病対策委員会となっていた。第一部では、指定難病患者のデータベースと小児慢性特定疾病児童等データベースの当面の利活用の在り方が議論された。現在、それぞれの病院では難病指定を受けるための指定医による臨床個人調査票への書き込みが行われ、厚労省に送られて膨大なデータが蓄積されつつある。そのデータを科学の進歩や創薬などに利用したいわけだが、個人情報保護という問題があり事は簡単には進まない。結局、有識者会議の議論に委ねることとなった。
第二部は16時30分に始まり、患者からの申し出等を起点とした指定難病の検討と、経過措置終了後の特定医療費の支給認定の状況が報告された。この頃になって、私は帰りの飛行機の運航が気になっていた。最終便の19時10分発を予約してあったのだが、ネットでは鹿児島県地方は豪雨となっており、一便でも早い便の方が安全に思えてきた。そこで委員会終了予定の10分ほど前に、会場を後にした。
翌朝のNHKテレビでは、難病対策委員会の模様が写しだされていた。私も千葉委員長の横にちょこっとうつっていたようで、東京の世田谷に住んでおられる患者さんから電話を頂いた。さて経過措置終了後の認定状況では72万7千人のうち、引き続き認定が57万7千人(79.4%)で、このうち重症度分類を満たしての認定が44万5千人(61.2%)、軽症高額認定が13万2千人であった。一方、不認定が8万4千人(11.6%)、申請なしが6万4千人(8.8%)となっていた。
新しい難病法創設を議論していたとき、限られた財源の中で公平性と信頼性を担保することを主眼にした。そのためには指定難病の数を拡大(56疾患から現在では331疾患に)する代わりに、全疾患に重症度分類を導入した。また診断の信頼性を確保するために、難病を診断できる指定医制度も導入している。このため軽症者は医療補助の対象から除外されることとなったが、軽症でも高額の医療費を必要とする場合には軽症高額認定という制度を導入した。財源が確保できればこのようなややっこしい仕組みは不要となるわけだが、委員会では「限られた財源」という枠の中で考えざるを得ない。悩ましい所である。
