菊池渓谷(2018/08/27)
お盆前の連休を利用して、熊本の菊池渓谷で息子の学位取得と孫(レンゴ君の一歳)の誕生日お祝いをすることになった。お祝いと言うのは名ばかりで、「時には一緒に食事でもしようか」と言うのが祖父母の本音である。
「お父さんは、休みの日にも病院に行ってしまうし、子供たちを遊びに連れて行くようなことはほとんどなかったわね・・・」と今でも家内に嫌味を言われる。私自身も親と一緒に旅行するような時代に育ってこなかったし、病院の仕事も忙しかったこともあって、子どもたちと一緒に旅行をしたような記憶は、留学の時を除けばほとんどない。毎朝、病院に出かけていた。最近、息子がラインで、家族で遊びに行った様子を写真や動画で送ってくれるのをみると、「今の子どもたちは幸せだなあ」とうらやましく思うことである。
さて8月11日、当初、新幹線に乗り新玉名駅でピックアップしてもらうことにしていたが、迷った挙句、頑張って自分で運転して行くことにした。
13時過ぎに鹿児島を出発、ナビの示すまま九州自動車道に乗り宮原サービスステーションで小休憩をとった以外はひたすら運転した。熊本ICで降りてしまったが、時間的には植木ICで降りた方が、菊池に着くにはよかったようである(帰りは植木ICから乗った)。
菊池渓谷温泉「岩蔵」には16時半ごろに着くことができた。宿に着いた時には息子夫婦が久留米から、娘夫婦は山口から既に着いていた。
この宿は息子がネットで予約してくれていたが、阿蘇外輪山の北西部に位置する菊池渓谷の菊池川沿いに建てられている。うっそうと茂る広葉樹の中の建物はいくつかのセパレートされた客室から成っている。客室にはそれぞれ露天風呂がついており、客室から階段を6段ほど降りると、菊池温泉で川のせせらぎやトンボの飛ぶ様子を見ながら湯に浸かることができる。このような露天の温泉に入るのが嬉しくて、翌朝まで何度か入ってしまった。私が自分で予約するときには、ちょっと「高そうな宿」は選択しないのだが、「まあ時にはいいか」と息子に任せてある。ただ「子育ては、何事も質素倹約が第一」と昔の人の言っていた言葉は、次第に受け入れ難くなるご時世なのかも知れない。
夜は近くの泗水町に住んでいる、嫁さんのご両親や姉さんご夫妻と子どもたちも参加して、にぎやかな祝いの席となった。時々会うと、それぞれ子供たちの成長に驚かされる。
翌朝は近くのそうめん流しで昼食をとり、12時過ぎに別れることになった。
帰りの九州道では、八代と人吉間で「事故のため7キロの渋滞」という表示に困惑した。肥後トンネル内での車の横転事故によるものらしく、トンネル内の渋滞となったが、これも諦めるしかない。トンネル内の渋滞は気持ちのいいものではなかったが、それでも16時過ぎには鹿児島市に帰り着くことができた。
「お父さんは、休みの日にも病院に行ってしまうし、子供たちを遊びに連れて行くようなことはほとんどなかったわね・・・」と今でも家内に嫌味を言われる。私自身も親と一緒に旅行するような時代に育ってこなかったし、病院の仕事も忙しかったこともあって、子どもたちと一緒に旅行をしたような記憶は、留学の時を除けばほとんどない。毎朝、病院に出かけていた。最近、息子がラインで、家族で遊びに行った様子を写真や動画で送ってくれるのをみると、「今の子どもたちは幸せだなあ」とうらやましく思うことである。
さて8月11日、当初、新幹線に乗り新玉名駅でピックアップしてもらうことにしていたが、迷った挙句、頑張って自分で運転して行くことにした。
13時過ぎに鹿児島を出発、ナビの示すまま九州自動車道に乗り宮原サービスステーションで小休憩をとった以外はひたすら運転した。熊本ICで降りてしまったが、時間的には植木ICで降りた方が、菊池に着くにはよかったようである(帰りは植木ICから乗った)。
菊池渓谷温泉「岩蔵」には16時半ごろに着くことができた。宿に着いた時には息子夫婦が久留米から、娘夫婦は山口から既に着いていた。
この宿は息子がネットで予約してくれていたが、阿蘇外輪山の北西部に位置する菊池渓谷の菊池川沿いに建てられている。うっそうと茂る広葉樹の中の建物はいくつかのセパレートされた客室から成っている。客室にはそれぞれ露天風呂がついており、客室から階段を6段ほど降りると、菊池温泉で川のせせらぎやトンボの飛ぶ様子を見ながら湯に浸かることができる。このような露天の温泉に入るのが嬉しくて、翌朝まで何度か入ってしまった。私が自分で予約するときには、ちょっと「高そうな宿」は選択しないのだが、「まあ時にはいいか」と息子に任せてある。ただ「子育ては、何事も質素倹約が第一」と昔の人の言っていた言葉は、次第に受け入れ難くなるご時世なのかも知れない。
夜は近くの泗水町に住んでいる、嫁さんのご両親や姉さんご夫妻と子どもたちも参加して、にぎやかな祝いの席となった。時々会うと、それぞれ子供たちの成長に驚かされる。
翌朝は近くのそうめん流しで昼食をとり、12時過ぎに別れることになった。
帰りの九州道では、八代と人吉間で「事故のため7キロの渋滞」という表示に困惑した。肥後トンネル内での車の横転事故によるものらしく、トンネル内の渋滞となったが、これも諦めるしかない。トンネル内の渋滞は気持ちのいいものではなかったが、それでも16時過ぎには鹿児島市に帰り着くことができた。
