ALSフォーラム(後)(2018/08/14)
難病対策のセクションでは厚労省の難病対策課課長補佐の田中先生が「国の難病対策~新たな難病の医療提供体制について~」、藤元総合病院の神経内科診療部長の大窪隆一先生が「ALSをとりまく地域における難病医療体制について」話された。私はこのセクションの座長を野中先生と行ったが、大窪先生は宮崎と鹿児島両県の現状を分りやすく発表してくれた。難病の医療供給体制に関しては厚労省の難病対策委員会でも盛んに議論されてきた。厚労省のモデルケースとしては各県に総合型の難病対策拠点病院を一ヵ所、分野別(例えばALSなどの神経難病の長期入院も可能な病院)の連携拠点病院を数か所設置することになった。これも地域の実情に鑑みて、各県で調整してもらうことになっている。現在各県でそのスキムを構築中であるが、指定難病の331疾患に対応できるのは概ね大学病院と言うことになるが、その分野での熱心な専門家が大学病院にいたらうまくいくかと思うが、どうも腰の引けている対応の県も多いと聞いている。がん拠点病院の枠組みでは認定された病院にそれなりのメリットもあり、進んで手を挙げる病院も多い。難病の拠点病院も診療報酬などで何らかの優遇措置か逆に罰則措置が必要なのかもしれない。
フォーラムの後、隣接の部屋で意見交換会が開かれたて、多くの懐かしい面々にもお会いすることができた。途中で東邦大学の神経内科の狩野修先生が名刺を差し出されて挨拶に来られた。私が国立病院機構時代に懇意にしていた前弘前病院の息子さんで、先日著書を頂いた時に同封の手紙に「息子のこともよろしく」と書かれていたことを思い出した。一緒に仕事をしていた先生のお子さんたちが第一線で活躍する時代となっている。
話は変わるが、現在日経に連載中の「愉楽にて」は林真理子の作である。私たちとは別社会の東京の大富豪たちの優雅な生活を題材にしており、「そういうこともあるのか」と驚く場面が多い。この小説も8月8日で327回と、終わりの部分に入っている。
会社の社長ではなく、経営責任のないそれでいてそれなりのお金を持っている、東大と京大卒のいわゆる文化人の親友がいる。変てこな経緯で両人が53歳の中国人の女性を愛してしまう。一人がその女性と深い仲となり、結婚する寸前になったとき、その中国人の女性の夫がALSになってしまい、イギリスで幹細胞移植の治療を受けることになる。8日の最後のくだりは次なようなものである。
知り合いで医者が何人かいるが、酒の席で何でいちばん死にたくないか、っていうことになった。彼らの誰もがあげたのがALSだったなあ。あれだけはかかりたくないと皆が言っていた。
ALSと言う病気も、いろんな意味で「市民権」を得たものである。
フォーラムの後、隣接の部屋で意見交換会が開かれたて、多くの懐かしい面々にもお会いすることができた。途中で東邦大学の神経内科の狩野修先生が名刺を差し出されて挨拶に来られた。私が国立病院機構時代に懇意にしていた前弘前病院の息子さんで、先日著書を頂いた時に同封の手紙に「息子のこともよろしく」と書かれていたことを思い出した。一緒に仕事をしていた先生のお子さんたちが第一線で活躍する時代となっている。
話は変わるが、現在日経に連載中の「愉楽にて」は林真理子の作である。私たちとは別社会の東京の大富豪たちの優雅な生活を題材にしており、「そういうこともあるのか」と驚く場面が多い。この小説も8月8日で327回と、終わりの部分に入っている。
会社の社長ではなく、経営責任のないそれでいてそれなりのお金を持っている、東大と京大卒のいわゆる文化人の親友がいる。変てこな経緯で両人が53歳の中国人の女性を愛してしまう。一人がその女性と深い仲となり、結婚する寸前になったとき、その中国人の女性の夫がALSになってしまい、イギリスで幹細胞移植の治療を受けることになる。8日の最後のくだりは次なようなものである。
知り合いで医者が何人かいるが、酒の席で何でいちばん死にたくないか、っていうことになった。彼らの誰もがあげたのがALSだったなあ。あれだけはかかりたくないと皆が言っていた。
ALSと言う病気も、いろんな意味で「市民権」を得たものである。
