Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

老医師の仕事(1)在宅医療(2018/09/19) 

医師はその気があれば、終生現役医師としての仕事ができる有難い職種である。そうは言っても、仕事の内容は年相応ということになるわけで、ちょっと判断力のある人ならば、マスコミで有名な80歳近くの脳外科医にくも膜下出血の手術をしてもらおうとは思わない。
   その点、在宅医療や健診業務は年をとっても、というより、経験の積み重ねが生かされる領域だといえる。そんなわけで私も現在、健診業務の中で内科診察とその結果説明の仕事をしている。また南九州病院時代には20数年間にわたって、難病の在宅医療を行っていた。介護保険の始まる前で、まだ創生期だったと言える。
   ただこれからを考えると残された時間も少なくなるわけで、仕事の内容が「生きがいを感じられるか」にかかっているように思われる。
   先日、NHK-BS1で、スペシャル「在宅死“死に際の医療”200日の記録」が放送されていた。『死を生きた人びと――訪問診療医と355人の患者』の著者、小堀鷗一郎医師を200日にわたりカメラで追ったドキュメンタリーである(2018年7月16日(月)再放送)。
   小堀医師の務める埼玉県新座市の堀ノ内病院をネットで調べると、この病院の名誉院長は、なんと私とも時代を共有していた帝京大学医学部神経内科教授だった清水輝夫先生だった。この病院では医師4人、看護師2人で在宅医療チームを構成しているという。
   在宅医療チームの小堀医師は80歳、あの明治の文豪、森鴎外の孫(小堀杏奴の長男)であり、元東大病院のエリート外科医で、選んだ最後の職場が在宅訪問の「老老医療」ということである。67歳から在宅医療を始められたということだが、背筋がピシッと伸びており、フットワークも滑舌も良くて、とても80歳にはお見受けしない。さすがに鴎外の孫、教えられることも多かった。
   先生は一日8件の家を自ら運転して往診されている。「どこで、どう死ぬたら幸せなのか」を考えて訪問医療を始められたという。訪問した家で、さまざまな形で利用できる折りたたみ椅子をいつも持って出かける。いいアイデアである。さまざまな厳しい状況下で在宅療養されている老人が「家で安らかに最期を迎えたい」という患者の願いをどう叶えているのかを、200日に渡ってカメラが追っている。
   93歳の見るからに頑固そうな認知症の男性、69歳になる息子が看ている。「苦労するね、家族は。足も腫れているし、入院した方がいいよ」と小堀医師が家族のレスパイトも考えて話しかけるが、「お前、おっかねーよ。おたくの入院はおっかない。お前に殺されたくないよ。一人で死ぬからいいよ」と聞く耳を持たない。
   91歳の男性、娘の夫が看ている。「高齢の医者が診察に参りました」から始まる。夜間、ベッドからトイレへの移動が大変になり、漏らしたりする。おむつを勧めるが拒否している。男の沽券にかかわるというのである。「おむつでなくて老人パンツだよ」と言い聞かせる。「俺が気張って我慢したらいいんだろう」でやっと納得を得る。