Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

なくなっていくもの(前)(2018/09/04) 

昔、普段馴染みにしていたものや製品、風習等が時代の変化でなくなっていくのは寂しいものがある。今まで普通に使っていたものが、いつの間にかなくなっていることがある。
   ガラパゴス化という言葉が流行ったことがある。孤立した環境(日本市場)で「最適化」が著しく進行すると、エリア外との互換性を失い孤立して取り残されるだけでなく、外部(外国)から適応性(汎用性)と生存能力(低価格)の高い種(製品・技術)が導入されると最終的に淘汰される危険に陥るというのである。
   例えば携帯電話然り、もっとも驚くことは1980年代にPC-9800シリーズで代表されるような世界を席巻していたパソコンが見るも無残な敗退の歴史を辿った。日本電気、富士通、シャープ、東芝、日立、松下電器などの日本メーカーがほとんどパソコン市場から撤退を余儀なくされ、サムスンや台湾のメーカーの軍門に落ちてしまった。
   先日のことである。
   「明年より賀状を欠礼させていただきます。寄る年波には勝てぬ腑甲斐なさをご寛赦ください」とのいかにも有馬さんらしい丁寧な葉書が届いていた。年をとるとこの種のお便りも増えてくる。家内からは「そろそろ準備してくれたら有難いけど(家内に住所登録やプリントなど頼んでいる)」と言われているが、まだちょっと早い気がする。年賀状をメールやラインで済ます若者も増えており、年賀状の習慣もそのうちになくなってしまうかもしれない。
   実はその葉書は有馬さんからもらったものであるが、有馬さんは鹿児島県年金協会(私は顧問を仰せつかっている)の会長の鶴丸さんのラ・サール高校(確か二期生)の同級生で、日本産業退職者協会の専務理事をされていた。その後、アール・シップ社という出版社を起こされており、私はその縁でその出版社の発刊した「高齢者向け住まい&介護に備える」という本の書評を、日本病院会の機関誌に書かせてもらったこともある。磯や浅草の福寿司でご一緒に食事をしたりと楽しい懐かしい思い出がある。
   変わっていくものはまだある。
   8月30日の日経朝刊には「駅ナカ雑誌消滅の瀬戸際」という大見出しで、JR駅構内の店舗「キヨスク」などへの雑誌の卸売りを一手に引き受けていた鉄道弘済会が、この10月から撤退するという。販売がピーク時の10分の一となり、採算が悪化したのがその理由である。ただ出版取引大手のトーハンが引き継ぐことで1000店のキヨスクから雑誌が消える事態はひとまず回避されたそうだが、消滅の瀬戸際に立たされていることは確かなようである。