Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

黙っていること(2018/10/30) 

厳しい闘病生活も考えようによっては、また夫婦の相手に対する思いやりがあれば、楽しく成り立つような気もする。
 Yさんはパーキンソン病であるが、難病相談支援センターでの3度目の医療相談である。「くねくね君(ジスキネジアが医学用語であるが、ご本人がこのように表現していた)を、どうにかならんですかねえ」ということである。発病して8年、オン・オフと「くねくね君」に悩まされている。相談室で話をすると、パーキンソン病に特有の固まったところはなく、笑顔や顔の表情、語り声などは天下一品、普通の67歳の女性である。ただ終始、顔や体幹を左右にクネクネなさせており、どうにかならないものかと誰しもそのような気持ちになる。
 いろいろと話を聞いているうちに「今日はご主人は?」と尋ねると、「車で待っています」という。早速ご本人の携帯で、呼んでもらうことにした。
 この女性、生まれが頴娃町石垣で、私の育った(小学校4年まで)耳原部落から車で15分くらいの距離にある。生まれが同郷と知ると、ひときわ関心と共感も高まる。現在は鹿児島市に住んでいる。ご主人は内之浦町(現在の肝付町)の生まれで、ピンピン話に加われるキャラとお見受けした。
 「内之浦と言えば、私は行ったことはないのですが、ド田舎でしょう。昔、筋ジス病棟で、内之浦出身の吐合さんと、田舎度を競っていました。例えば、信号機が幾つある?と」。
 「実は私の生まれたところは内之浦の、また田舎なんです。字まで言うとなおバカにされそうなので、内之浦と言っています。そういえば内之浦の街中でも、歩行者用の信号機だけじゃなかったかな」(実は私の生まれた耳原部落には信号機などない)。いずれにせよ、どっちもどっちである。
 そのあと、奥さんにどのくらい世話をしてくれているのかが話題になった。「基本は目でよく見てあげて、手は出さないようにするなんですがね。できるところはできるだけ自分でやってもらわないと、機能が落ちてしまいますからね」と言ったが、どこまでが正解なのか私自身もよく分らない。
 「一番心が萎えるのは、手伝わないことより、黙っていることなんです。私が話しかけても答えないことがあるんですよ」と奥さんは言われる。私にも耳の痛い言葉だったので、ご主人を弁解する。「歳をとると、耳も遠くなって、言っていることがわからなかったりすることもあるのじゃないですか。そして何というか、答えたくない日もあるんじゃないでしょう。私にもよくあります」と白状してしまう。