Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

半分、青い(後)(2018/10/25) 

私自身も聴神経腫瘍に関しては、ほろ苦い思い出がある。医師になりたての頃、まだCTやMRIといった機器がなかった時代、画像診断としては頭部のX線写真と血管造影だけしかなかった。
 ある時、片耳の耳鳴りや聴力低下を主訴にしてこられた患者さんがいた。まだ小脳症状もなく難渋していたら、永松先生が臨床症状や経過、頭部のX線写真から「聴神経腫瘍じゃないか」と言われたことがあった。まさにその通りの聴神経腫瘍で、脳外科による手術で軽快した思い出がある。
 さらに1999年秋、北川さんは腹部に強い痛みを訴えて入院。検査の結果、指定難病の一つの潰瘍性大腸炎であることがわかった。
 「当時、病気のことは公表していませんでした。その作品(ビューティフルライフ)で賞をいただいて、選考に当たられた方が選評でこうおっしゃっていました。『北川さんが描くものは生と死が近い。だからこそシーンがきらめく』と。作品を通じてバレるのかな、と思った覚えはあります」。
 一般には朝ドラでは登場人物を死なせることは少ない(「まんぷく」では、3 姉妹の長女の今井咲(内田有紀)を結核で死なせているか)が、「半分、青い」では親友の裕子(ユーコ)を東日本大震災の大地震による津波の被害で死なせている。
 北川さんの場合、薬物治療がいっこうに効かず、2010年には別の病院で大腸の全摘手術を受けた。ところが術後に縫合不全をおこし、痛みが止まらなかった。我を忘れて叫び声を上げるほどの痛みに襲われた。ベッドに一人でいると恐怖に震え、ナースコールを押し続けた。
 数年後、今度は縫合した部位に炎症が現れた。さらに術後の合併症で腸閉塞を起こしたり、腸と腸をつなぐところに穴が開いたりといったトラブルに見舞われ、入退院を繰り返した。
 「4年に1回ぐらいは『私、死ぬかも』と思うような痛みや苦痛に襲われることがあって。でも、ちょっと良くなるとすぐ『抜けた!』と思うんです。私は基本、おめでたいのではないかと。難病には、ここで終わりというのがない。だから私は間隙を縫うように書く。
 2012年に大量出血を起こして気を失い、救急車で運ばれたときは、「かかりつけの慶應大学病院まで運んでいたら間に合わない」という救急隊員の言葉を聞いた。
 4年前にインフリキシマブという点滴薬による治療を施したところ、2カ月ほどして薬が効きだし、1年後には炎症が消失した。今は2カ月に一度の点滴投与で小康状態を保っているという。
 先日の難病対策委員会では、3年間の経過措置後に不認定になった患者さんが最も多かったのがこの病気である。委員長の千葉先生は「私はこの病気の専門家ですが、薬が効いて症状がなくなる患者さんが増えました」と話されていた。「難病という言葉」がなくなることが、みんなの願いである。