Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

「すかいらーく」創業者(2018/10/10) 

9月の「私の履歴書(日経)」は「すかいらーく」創業者の横川 竟(きわむ)さんだった。1970年代の高度経済成長期の、外食産業のレジェンド的人物である。現在80歳、その履歴書を読むと、まさに波乱万丈の一生であったことがよくわかる。この履歴書に登場する人物は、多くは大学を卒業し一定の敷かれたレールの上を走って、功なり遂げた人物である。横川さんの場合、戦後の混乱の時期とはいえ、中学を卒業してそのまま社会に出て、さまざまな困難に真正面からぶつかって、道を切り開いてきている。
 時は終戦間際、3歳から6歳まで中国・満州で育った。6歳の時に父親が亡くなり、両親の故郷である長野県に戻ってきたそうである。大草原のなかで、羊や山羊や豚といっしょに暮らす田舎暮らしで、勉強がキライで小学3年生から新聞配達をはじめ、そのお金で山羊や兎や鶏、一時期は牛も飼っていたという。このあたりの風景は、私の小学校時代とも重なる。
 中学を卒業して、24歳の竟氏は兄弟3人を集め、ひもの食品店「ことぶき食品」を企業した。そして1970年には今度は飲食で勝負しようと、子会社の「すかいらーく」1号店を国立(府中市)にオープンした。ひばりヶ丘という地名にちなんで、「ひばり」=「skylark」ということでこの名前となったという。当時、大きなガラス張りの店舗はアメリカのレストランのスタイルで、高度経済成長当時の日本にとっては憧れの存在であった。
 私は1974年から2年ほど都立府中病院に国内留学したが、この頃によく国分店に行った思いでがある。家内も当時、店が大学の近くだったので時々行っていたそうである。不思議な偶然である。
 最後の項(9月30日)では次のように記している。
 僕が話すことはいつも同じだ。「きれいな店、美味しい料理、親切な接客でお客様の心が休まるお手伝いをしたい」。
 病院も飲食店と同様のサービス業だと言われているが、「清潔で質の高い医療、親切な接遇で患者が安心できる」と言い換えることができるかと思う。