Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

一石会(2018/10/09) 

市医師会の上町地区支部会でよくお会いする下川優子先生から「私、一石会の幹事しているんですけど、先生も出てくださいよ」と言われたのは2,3年前のことである。たまたま他の用事と重なったりして出席できないでいたが、「今年は是非お願いします」というファックスが届いていた。
   私はよく知らないことや初めての経験の時には、ネットで検索することにしている。「一石会、鹿児島市」で検索したら、有馬桂先生の「太原春雄先生を偲んで」(平成27年)なるものにヒットした。そのくだりには次のようなことが書かれていた。
   太原先生は長年,一石会の会長をお務めになりました。一石会とは鹿児島一中,一高女,鶴丸高校卒医師の会です。歴史は古く以前からあったのですが昭和59年8月で中断しておりました。平成15年3月,19年振りに再開された時から会長をされておられましたが,昨年11月13日一石会当日朝に入院され,下川優子幹事へ会長辞任のご意志を伝えられたようでした。当日は副会長でありました私が会長挨拶を代行しましたが,その後後任の会長に高山義則幹事長のご提案で不肖私が指名されお引き受けすることになりました。ここでも先生との深いえにしを感じることでした。・・・
 そんなことで、一石会はもともと鹿児島旧制一中出身の医師で構成されている親睦会のようなもののようである。
   大雨の中、10月4日、レクストン鹿児島ホテルに急いだ。受付で当番幹事の山本誠、下川優子両先生(43年卒)からネームプレートを渡された。たまたまロビーで弟に出会ったので一緒に受付を済ませたら、「名前が似ていて・・・」と笑っておられた。
   30人ちょっとの医師が参加していたが、それぞれに丸テーブルに座り、予定通り19時に開始となった。
   物故者への黙祷の後、有馬桂会長が挨拶された。この会はいつ始まったのかはわからないようである。簡単な会計報告の後、「トリオベイサージュ(クラシックギター、フルート、コールアングル)の演奏会があり、30分ほどの間に5曲ほど演奏された。そして乾杯の音頭の後、開演となった。
   しばらく歓談した後、それぞれのテーブルで自己紹介となった。
   もっとも印象に残ったのは、唯一、一中出身で出席されていた川畑平一郎先生の挨拶だった。御年94歳ということだったが、背筋も伸びて矍鑠しており、「迷いましたが新しいベンツに乗り換えました」ということだった。まだ現役として働いておられるようで、世の中には怪物もおられるものだと驚いてしまう。たまたま6日は、鹿児島市シルバー人材センター主催の「就業支援セミナー」で講演をさせてもらった。趣旨は「健康長寿あってこそ明るく、楽しく第2の人生!」というもの、人生100歳時代の身の処し方が現実のものとなってきている。
   相良先生の一本締めでお開きとなった。