Blog前南風病院院長 福永秀敏先生の雑感

2018宿泊研修(2)(2018/10/02) 

今回の研修参加者は、病院のなかでは3年目と5年目という若い人たちである。それでも新入職者からみれば立派な先輩になるわけで、「このような看護師になりたい」など、自分の身近な目標になっている存在である。たどった道を振り返ってみれば、渦中にある時には、悩んだり気づかなかったことでも一度経験すると、冷静に対応できるものである。皆さんはロケットにたとえたら、第一段目になるわけで、この時代にきちんと実力を蓄えておけば順調な飛行ができる。自分のキャリアアップとともに、後輩の面倒も見なければならないという大変な立ち位置にあるが頑張って欲しい。
 まず「私の歩いてきた病院」として、これまで長短、大小、そして設立母体の異なる多くの病院を経験してきた。順番に挙げると研修医の時は県立宮崎病院、鹿児島大学病院、そし都立府中病院、町立笠利診療所、鹿児島市立病院、アメリカのメイヨークリニック、国立病院機構南九州病院、そして現在の公益社団法人南風病院である。
 その経験から言えることは、病院の規模にかかわらず、医療という現場では主治医と患者、そしてとりまくスタッフという狭い限られた関係で仕事して行くので、医療の良し悪しは、関わるスタッフの技術や心がけの力量次第だということになる。モノを作る現場ではそうはいかない。町工場と大きな会社では技術力や資金力などいろいろと違いが出てしまうが、医療では心の持ちようや頑張り次第ではさほど大きな差異は生じない。
 そして私の人生の振り返りを、単元ごとに短くまとめた。
 1) 人の一生は「生老病死」という4楽章を辿る旅人のようなものかもしれない。
 生老病死は仏教用語で、四苦のことである。一切は苦であり、迷いの世だと定義されている。自分の思い通りにはいかないことが苦である。生は自分の意志でどうなるものでもなく、また老、病、死とも思い通りにいかないのがこの世の常と言うことになる。
 2) 人の一生は偶然やたまたまに支配されることも多い。
 私が医師になり、神経学を志すことになったのも、偶然と言うことになる。また難病を専門にするようになったのも、同じことが言える。自分に与えられた運命の中で、逆らわずに一生懸命努力することが何事にも増して大切かと思っている。
 3) 人の一生は 万事塞翁が馬である。
 私は平成10年4月に院長になって、その年の7月に患者さんのタバコの火から院内火災を起こしてしまった。運もよく事後対策が適切に行われたので大惨事は免れたが、それでも心労は大きかった。ただそのことがきっかけになって、病院のリスク管理や医療事故対策に目を向けるきっかけとなった。全く畑ちがいの分野だったが、このことがあったからこそ、違う分野に目を向けることができたのだと思っている。